心の学校の最近のブログ記事

仙台市中心部から南へ30分ほど車で走ると名取市というちょっと落ち着いた感じの街がある。
名取市には大手ディスカウントストアーがあるので人気も高い。昨日はそこへ食料品を買いに行った。


30分程で買い物を済ませいざ、帰宅。


出発が遅かったので帰りは既に夕暮れ時。



仙台市内に入り「今日の晩飯はどうするか?」
たまには何か違う物でも食べたいね。。ご飯は帰宅して軽く食べるとして「お好み焼き」でも食べ行く?



i-phoneで調べる。。ん~近くにあるけど駐車場は無い。



はぁ~残念。じゃ、諦めて適当にドライブして帰るか・・・・。



20分程テキトーにドライブすると右側に「お好み焼き」の看板発見!!
止まれぇ~~!!



6人でお好み焼き屋へ入る。



店内は50代のカップルと同じく50代の男性客1名のみ。
よし、座れそうだ。。。



隣のオジサンやカップルのお客さんが子供に話しかける。。どこにでもあるホノボノした光景である。。

その時、僕はビールが来てお好み焼きを楽しむ。。ビールが底をつきそうな頃、隣のオジサンが僕に話しかけてきた。


オジサン:「旦那さん、それ飲んだらまたビール?」


僕:「えっ?、あ・・・はい。」
オジサン:「じゃ、僕がご馳走するよ、すいませ~ん。隣に生ビール!こっちに付けといて!」


僕:「すみません。有難うございます。ご馳走様です。」
オジサン&僕「乾杯♪」


その後、オジサンと様々な世間話をした。
このオジサンは年齢52歳、大手運送会社でアルバイトをしているらしい。
明日までは忙しいので時給1100円はもらえるけど明後日からは通常の800円だよ。でも、僕は1人者だからね。。。人と話すのが好きでこうして誰かと一緒に酒を飲んでる時が最も楽しいんだと語ってました。



オジサンが言うには会社で様々な事があるという。
例えば言う事を聞かない後輩が悪さをする。
悪さとは「オジサンの安全靴のひもを全て解いて投げ捨てる」「ロッカーにゴミを入れる」など様々らしい。
本当に優しい心を持つオジサンだが、後輩になめられイジワルをされているのだ。
こういうイイ人がこんな目に遭う世の中なのが本当に残念でならないと感じた。


オジサンは「小さな奴だな。」と割り切って考え仕事に励んでいるという。




このオジサンの話を聞いていて僕は思った・・・。


人の心=器とは大小だけではなく強さも重要であり、器形成の過程においていかに苦難・受難があったかで輝きが変わるのではないだろうか。またそれは一生の宝であり新たな幸を呼び込む扇となると感じる。


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原点 Genten

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心の積み木

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約1ヶ月程ブログをお休みしていました。
決算と今後の運営戦略などについて煮詰めていたらアッという間に1ヶ月程経ってました。


この1ヶ月は様々なことがありましたね。

オリンピックでは様々な感動がありましたがチリ地震で多くの方々が被災され心痛む月であったと感じます。


日本情報技術は不景気だからこそ、この時期にやらなくてはならない事に向けてスタートする準備を始めました。1日数時間ですが着実に企画書を作っています。


その他、久しぶりにメディアからも要請がありました。
大阪のTV番組製作会社の方から新たな企画でSOSが出た場合には手助けをお願いしたいというお話でした。
もちろん、私(弊社)にできることであればとOKさせて頂きました。



年々、月日が経つのが早く感じます。
時の経つのを振り返り思うこと。


内容ある時間にできるかどうかは自分次第、1日、1ヶ月、1年、10年、振り返れば振り返るほど
まだまだ努力と発想に欠けると反省する日々です。


明日という新たな時間に新たな気持ちでチャレンジするだけではなく
新たなチャンスに気付ける様に意識を更に前に向けて歩んで行くことが大切ですよね


人生において良くも悪くも結果というのは己の積み重ねが形となると感じる
それは人付合いでも同じといえる。


この世の全ては「心の積み重ね」でできていると僕は思うのです。。。


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こころの鏡

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動物の中で最も豊かな心を持つ動物はやはり人間。


様々な出来事において人の心は常に変化し顔に映される


まるで粘土の様に様々な形に変化する


それは時という時空間において常に変化するだけではなく蓄積もされる


辛い経験が多い人は辛い顔だけではなく、その経験から得た豊かな心(顔)も造形される



人生は心を作る旅でもあり顔を作る旅でもあると言える


その灯が消えゆく時、己の表情が全ての時を表す鏡となる


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人生の鍵

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大人になり世帯を持ち始めると多くの人は所得や社会的地位を意識し始める。


特に30歳を過ぎたころからマイホームや会社での役職など具体的な形で見えてくる。


これが同じ年齢であれば「あの人は優秀な人で」とか「財産のある家系で」などあたかも運命かの様に言う人も多い。

これが年下であると「特別な才能なんだね」「運がよかったんだよ」など稀な存在であるかのように言う人もいる。


高所得者になった人やビジネスで成功した人に共通するのは「向上心があり常にライバルは自分であり他人は目標ではなく必達」であるという人が多い。

常に物事(仕事もプライベートも)に対して昨日より明日、明日より明後日の自分が成長しており日々の結果を積み重ねられる人、そして今というこの瞬間を全力で生きるという強い信念をもっている。


また、目標と必達を必ず掲げている。

例えば目標とは己の全ての才を出し切り満足する結果として残す事、必達とは何が何でも達成する目標であり他人の最高域同等であること。


この様に人一倍の努力が必要であり人一倍の忍耐(時には苦難)が必要であると感じる。
この様な強靭な心(人として柔軟な心、苦難から得た答え)をもってこそ物事の本質を見抜く力をもった本当の成功者となれるのだと思う。


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心模様

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最近のニュースは強盗・殺人に関するニュースが多くなったと感じる。


アメリカでは28億円の宝くじを当選した男性の遺体の一部が見つかったり、国内では借金末梢のために家電製品販売業を営む社長が殺されたり、東北地方では山形県のパチンコ店の金庫から従業員が1000万円を盗んだりと「金」と「命」の関係を考えさせられる事件が多い。


・景気が悪くなり多くなるニュースは「人から何かを奪ったり奪われたりするニュース」。
・他社他人を評価し甲乙つけるニュース。
・ささいな事でも問題視するニュース。
・悪だくみがばれるニュース。


この4つに該当するニュースが多い。tvYAHOOニュースなんかをみていても各カテゴリーの記事大半がこの様なニュースですね。


テクノロジーとスポーツが割かし暗いニュースが少ないので逆に見る人が多いかもしれません。snail






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時代の産物

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2000年を過ぎたころから世の中の常識は非常識に変わってきたと感じる。
ささいなことでも大げさに騒ぎ立てたり他人を追い詰める様な発言や行動が目につくようになった。

昭和の時代はビジネスにおいても対価であり対等であったが、最近ではサービスを受ける側が神的存在である様な時代と感じる場面に出くわすことが多々ある。

こんな事を本当に常識と思い発言しているのか?と自分の目を疑ってしまう様な出来事が1年の間に何回起るだろうか。
コンビニ・銀行・スーパーいたるところで目撃する。見ているこっちもドキッとする。


周囲に自分を知る人がいないからこの様な発言や行動をするのか?もしも、親・兄弟・取引先がいても同じことをするのか?

9割は自分を知らない環境であるからこんな発言・行動をしても・・・。という軽い気持ちではないかと感じる。また、相手は他人と考えているのではないだろうか。


この様な人や社会を変える事は非常に難しい。
変える事が無理ならば対策を考えようと東京都では新たな作戦に出た。

以下、YAHOOニュースより引用

学校に対し理不尽な要求をする保護者「モンスターペアレント」が急増している問題で、東京都教育委員会は28日、問題親への対応策を示した手引書「学校問題解決のための手引」を作成したと発表した。今年度中に約7万部を印刷し、都内公立学校の全教職員に配布する。


個人的な意見ですが、正しい事は正しい。正面から決められたルールで決められたやり方に従ってもらう様にハッキリ伝えるのが一番だと思う。
また、共有すべき問題であれば公開するぐらいでなければならないと感じる。

互いが周囲から見える環境で周囲の意見も取り入れながら意見の正統性を見直すことも必要ではないだろうか。

この時点でモンスターならば周囲の目を気にして無理難題は言わなくなるであろう。
また、物事を悪く捉え発言(あおり行為を)する人(保護者)もいなくなると感じる。


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早朝4時、いつもより早く目を覚ましソファーでお茶を飲む


ふぅ~っと深いため息気味の深呼吸をして時間を忘れる


次に気付けば茶碗の底にわずかに残るお茶を静かに眺めていた


さて、一日の始まりだ。


そう心で感じ、重たい腰を上げる。


まだ外は薄暗くカラスの鳴く声だけが遠くから聞こえてくる
街はまだ眠りから覚めてはいない時刻



PCデスクに座りパソコンの電源を入れる


昼間ならよく聞こえないウィンドウズの起動音もこの時間だと少々高めに鳴り響き耳に残る



1時間程、一日のスケジュールや昨日の残りの仕事を片付ける


首や肩に重力を感じ顔をしかめながら体を仰け反る


目を閉じ無心となりその時を待つ


そろそろか・・・・


ゴォーーーーーン



ゴォーーーーーン


その音は重く魂まで届く鐘の音


その鐘の音が脱力しきった心と体を浄化する


鐘の音が鳴り止んでもその余韻は続く


薄れゆく余韻に心が更に余韻を求める


朝日と共にその余韻も薄れ「現実の今日」がやってくる



耳を澄まし心で鐘の音を聞いた時、人の心は波無き大海となる
その心はまるで仏であるかのように合掌する。


静かな心で一日を迎え感謝の気持ちで一日が終わる



そしてまた一晩すれば新しい鐘の音が新しい一日の始まりを知らせてくれるのだ





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一日が同じリズムに感じていませんか?


朝起きて出社し帰宅して夢の中、また朝起きて出社する。


時間の連続で明日が出来るとでも?


いいや。明日は連続ではない。
時間と言う空間にあるのは今、この瞬間だけ。


一日は決して同じリズムではない。


もし、同じリズムに感じるならば、それはあなたが「時代と言うリズム」の中で生きている証拠。



大空の元、大きく手を広げ深く深呼吸してみてください。
その瞬間から「あなたのリズム」に変わるはず。



昨日とは違う角度で今日を見つめる。
毎日が新たな一日の始まりに出来るかどうかは自分次第なんだね。



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人生にとって成功とは地位や名誉ではない。

 
いかに人に愛され自分の納得いく時間を送れたかではないだろうか・・・。





心 KOKORO

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仕事やプライベートで「そんななずじゃないのに、そういう意味じゃないのに」なんてことから心無い言葉を言われたり社内で険悪なムードになってりすることってありますよね。

「心無い言葉」


「本当は心に無い言葉」なんだと思います。


人は皆、心ある言葉を持って生きていると僕は思う。


心無い言葉は心ある言葉をちょっと忘れちゃって出てきただけの言葉ではないかな。


例えば話の途中で心無い言葉を言われても「本当はいい人なんだ。これって誤解かな?」
自分が冷静になって心で「心」という字をゆっくり書いてから話そう。。そんなゆとりが現代には必要ではないかと思う。互いに投げ合うのではなく、問いかける様なスタイルが大切ではないだろうか。


心。


3つの涙を一つの器で必死にすくう様にも見える。


相手を受け止める気持ち(思いやりを胸に持つ意味)を表している字なのかもしれないね。


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華 HANA

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人は皆、小さな小さな種なんだ


小さな小さな種は温もりという大地に包まれている


優しさという太陽に照らされ愛情という水が注がれる



いつの日か種は小さな芽つける


芽は葉を持ち一つ背伸びし始める


背伸びした分だけ今までとは違った景色が見えてくる


背伸びした分だけ今までにはない厳しさも実感する
若葉から滴る朝露は若気のごとく大地へ向かう



種は芽を出し葉を伸ばし大きなつぼみを大切に抱き始める


つぼみを抱き始めてから過ぎゆく時間は「時には長くも感じ、時には短くも感じる」
つぼみが次第に大きくになるにつれてその心は使命へと変わる



厳しい雨の日も風の日も、根は茎を支え茎はつぼみを支える、葉は優しさに照らされ愛情を根へ送る
愛情を沢山吸った根は更につぼみに愛情を送る。


愛情をいっぱいに満たした時、遂につぼみは花開く


その花は今まで見た事もない程の大きく美しい花びらを開花する



花は茎に支えられ茎は根に支えられ根は大地に支えられている



人は皆、小さな小さな種なんだ



誰かに育てられ誰かに支えられて初めて一つの「華」を咲かすことができる。


華を咲かせたければ、まずは誰かを支えることから始めなければ己の華(独自の華)を咲かすことはできないんだね。




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旧ブログより記事を移管しました。

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約、1年前ぐらいからであろうか・・・・・

私の住むマンションの1Fが子供たちのたまり場になっていた。。

1F駐車場で日が当たらないので恰好の場所(遊び場)である。

いつも自転車で勢いよく出てきたり、マンションの端にある下水付近で鬼ごっこをしているので「危険だからこのあたりでは遊ばないでね」と言った。

それから数日後、また同じ子供たちが遊んでいた。。

また同じく私は言ってた。。

その時だけは聞く子供たち。。。

その後、1週間ぐらいしてからだろうか・・・・。また同じく駐車場で遊んでいるのである。。

それも・・・サッカーをして車のドアやボンネットに普通に当てていたのだ・・・。

さすがに私も怒りました。

コラぁ!

何してんだこんなところで!何度言ったらわかるんだ!

その日は子供達も素直に帰った。。。

これで終わったな・・・と、思っていたが、実はここからが事件の始まりであった・・・・。

次の週だろうか・・・・

また同じ子供達がたまっていた。

野球ボールを車に当てたり鬼ごっこをしたり・・奇声をあげたり・・・。

近所の人が怒鳴ったらしい。

そうしたらその中の子供が睨み返してきたというのだ・・・。

これには近所の人も驚いたらしい。

それから2週間ぐらいは静かな日々であった。

そう。。。

私が昼休みに帰宅しあの光景を見るまでは・・・・。


昼休みに帰宅した。。

駐車場に停められている私の車を何気なく見たときである。。

物凄い数の手跡があったのだ。汗

な・・・なんじゃこりゃぁ。


ボディーからガラス、フロントからリアまで手垢の跡でいっぱいであった。

それから1週間後、また同じ状態である・・・。

ま・・・またか・・・。

とある日、雨上がりで車が汚れていた。

ボディには雨で跳ね上がった土などが沢山ついていたのだ。。

仕事も忙しくなかなか洗う暇がなかった。。

そう・・・あの時に洗っておけばよかった・・・・

2日後、他垢でのイタズラだけではなく、砂でボディー全体をこすりまくった状態になっていた。

ボディーは全体が傷だらけ。汗

ガリガリの状態であったのだ。。

さすがにこれには頭にきた。。

あの子だな・・・。

なぜ、あの子と推測したか?

車に傷がつく日の8割はうちの駐車場にきている。。

そして、私や近所の人が来るとすぐに立ち去るからだ。。

目を反らし素早くいなくなる姿をみていたので怪しいと感じていた。

ちなみに1年前は2台を所有していた。1台はトヨタのランドクルーザー。色はシャンパンゴールド。
もう一台は今も愛用している、トヨタのセルシオ。

特にセルシオはCタイプというグレードが高いクラス。

本革シートにセキュリティーが厳しいタイプ。機能は満足するほどのものがついている。
自分へのプレゼント代りに購入したものである。。

色は黒。

傷が物凄く目立つので傷の付けごたえもあったのだろうか・・・?

このままではあまりにヒドイ。錆もくるかもしれない。。

という訳で、深い傷は板金へ、浅い傷は必死にコンパウンドで消しました。

車がピカピカなら傷はつきにくい。

そう考え常に磨いていたんですよ。。。

しかし、今度はアイスクリームやお菓子の油攻撃でした。。

油のついた手でガラスやドアノブを触りまくる。。汗

この時点で警察か・・・と思ったのですが、冷静に考えれば子供の場合は捕まえにくい。

何故なら、大人であれば免許証を大抵はもっている。

そして違反をすれば指紋が照合できる。(警察がもっているから)

しかし、子供の指紋は親の承諾がなければとることができない。

話の通じない親であれば賠償金を怖がり指紋を取らせることを拒否するかもしれない。


と、いうことは。現場を抑えない限り、立証は不可能。

この時からたまに車に乗って待ち伏せしたりビデオカメラをセットしたりと工夫しました。

しかし、こういう時に限ってこないんですよ。。

で、私もかなり多忙です。汗

こんなイタズラが半年ぐらい続いたときである。

今までのデータであれば15:00~16:00の間が一番危ない。

15:20頃、バイクで帰宅した。

1F駐車場にバイクで入りかけた!

と、その時!

今までのデータであれば15:00~16:00の間が一番危ない。

15:20頃、バイクで帰宅した。

1F駐車場にバイクで入りかけた!

と、その時!

駐車場の奥から例の女の子と友人が一斉に走りだし逃げていく。

ハッ!と思って車に近寄る。。

アイスクリームがリアバンパーにべっとり。汗

手垢と擦り傷の嵐

ま・・・

またやられた。


頭の中は物すごい勢いで逃げていく小学生集団と傷ついた車でいっぱいであった・・・・。


その後、傷を消すのに何時間もかかったのは言うまでもない。

そのうち・・・

鉄・木の棒なのでライトやテールランプを割られるのではないかという心配が浮かんできた・・・・。


それから2週間ぐらいはこの小学生を捕まえるために待ち伏せなども増やし対策を練った。

その後、このイタズラは平日の夕方ぐらいに頻繁に起きるようになる。

そう。

丁度、小学生が下校する時間帯から夕暮れ時までの間である。


この約7ヶ月間、主犯格の少女と出会うことは何度も会った。

何故ならば、私の住むマンションの数軒隣の家だからだ。

自転車で走り回る姿

友人と道端で遊ぶ姿

時には父親とキャッチボールをする姿

この少女の様々な素顔を見てきた。

時には親に叱られなく姿。

いつもの睨んだ眼差しやどこか冷たい視線の姿

本当に様々な素顔を見てきた。

約1年になろうとしていた。

かなりの傷を消し続け、毎日の様に洗車をし磨き続けてきた。

いつもと変わらぬ気持ちの良い朝

休日といことでどこか出かけようか。。



出かける前にちょっと事務所で仕事を片付けてくるね。。


4Fからゆっくりと階段を降りる・・・

3F・・・

2F・・・・


子供の声がする!


ま、


まさか!


階段を飛ばす様に半分飛び降りながら1Fへ向かう

1Fの駐車場で例の少女と仲間3人がいた!!


私は車を見た!


と、その瞬間!


階段を飛ばす様に半分飛び降りながら1Fへ向かう

1Fの駐車場で例の少女と仲間3人がいた!!


私は車を見た!


と、その瞬間!


一人の女の子が走って逃げた!

コラ!待て!

大声で私は言ったせいか少女は立ち止まった。

こっちへこい!

車に触ったろ!?

逃げた少女が言った。

「いえ。。触ってません」

主犯格に聞いた。

お前、触ったろ!?

いいか、嘘をついたら許さないぞ。

この時、うちの子供を撮影しようとカメラを積んでいたのを思い出したのだ。

一か八かだ。

この車はな、イタズラ防止でカメラをセットしてあるんだ。

もしも、このカメラにお前たちがイタズラした姿が映っていたら・・・・

おじさんは絶対に許さないぞ。

正直に言ってみろ。

主犯格の少女の眼が変わったのを私は見逃さなかった。

黙り込む少女たち。

私は車に戻り8ミリカメラを手にして言った。

もう一度聞くぞ。

触ったか!?

正直に言わないとカメラを見るぞ。

逃げた少女が言った。

この2人が触ったよ。

主犯格の少女の眼から力が抜けていく。。

少女に聞いた。

車、触ったんだろ?

少女はゆっくりとうなずいた

この時、約1年の苦悩がすべて消え去った気がした・・・・

車まで呼んで自分で触ったところや傷をつけたところを指ささせた。

これは後々に「何もしていないとひっくり返されない様にする」ためである。

逃げた少女の他に幼い子供(男の子と女の子)がいた。

お前たちも触ったか?

うん。

車からメモ帳とボールペンをもってきて聞いた。

一人ずつ名前を聞いた。

電話番号と住所をいいなさい。


逃げた少女が泣き出した。。

電話番号はわからない。。

住所は?

わからない。

じゃ、警察に行こうか?

学校に行こうか?

幼い少女が言った。

うちはあそこだよ。。

指さしたのはうちのマンションの真向かいのマンション。

部屋番号まで教えてきた。

何も知らずに素直に話す子供。


兄弟なのか?

うん。

この幼い2人は逃げた少女の弟と妹であった。。

主犯格の少女にも聞いた。

名前は?

電話番号は?

正直に言わないと絶対に許さないぞ。。。

もう、逃げれないと観念したのだろう。。

素直に答えたのである。

その時の眼を忘れはしない・・・・。

いつから傷をつけていたんだ?

おじさんは約1年前から傷をつけられていたんだけど。

1年ぐらい前からだよな?

少女は泣きながらうなずいた。。。


逃げた少女にも聞いた。

いつからなんだ?

泣きながら答えた。

2年生の1学期ぐらいからです・・。

そう、この少女と一緒に約1年間、イタズラをし続けていたのだ。

正直に言えよ。

この駐車場にきてから遊ぶ前に、この車にまっすぐきて傷をつけていたのか?

少女2人がうなずいた。

【確信犯・常習犯】である。

傷をつけるためにわざわざきていた。

主犯格に聞いた。

昔、怒ったから恨んだのか?

ゆっくりうなずいた。。。

そうか、、、

さて、どうしたものか・・・。

このまま帰すか。

警察か?

沖縄には素晴らしい言葉がある。

【地域の子供は自分の子供】

もしも我子ならば・・・・。

その時、私の中では答えが決まっていた。

お前たち。

親を呼んで来い。

車に傷をつけてしまい、おじさんが呼んでいるといいなさい。

逃げ出した少女が「ごめんなさい」と言った。

おじさんはあなたの親と話したい。

大切なお話だから連れてきて。

泣きながら子供たちは帰っていった。。

弟と妹は何があったのかわからないがお姉ちゃんの手を握り締めながら小さな歩幅で歩いて行く。。。


それから10分後。

主犯格の少女がお父さんを連れてきた。

この車か?

うちの子が何かしたんですか?

逆切れ状態に近く、圧力を感じた。

事の説明をした・・・。

主犯格の少女は大声で泣き出した。

お父さんが娘の髪を掴みながら言う。

お前・・・

後から覚えていろよ。

5分ぐらいして逃げた少女と妹・弟、母親がきた。

サンダルを引きずる様に歩み寄る母親。

首を斜めに傾げながらボーっと立っている。

また状況を説明した。

母親は返事すらしない。

脇にはすがる様にくっつく少女。

何もしらずにはしゃぐ妹と弟

私は言った。

これ、どうしてくれるんですか?

母親が初めて口を開いた。

あ、すみません。

ど~したらいいすかぁ?



温厚な私もこの時は完全に頭にきました。

そして私がとった行動は親として人として「ハッキリ」言い切ることだった。

>あ、すみません。

>ど~したらいいすかぁ?

それが、あなたの謝罪ですか?

と、続けて話そうとした時に主犯格の少女の父親が「大変申し訳ございませんでした」と謝罪してきたのである。

この父親は少女に対し暴力を振るう親かどうかは正直、わからない。それは髪の毛を掴んで「後で覚えておけよ」といったからだ。

しかし、その反面、キャッチボールをする姿やその後の発言で我子を愛しているという気持ちが私にも伝わったきたからである。

また、私の話す内容を黙って見つめる時の視線が子を想う親の眼であったからだ。

この謝罪の後、無言でなんとも言えない空気が数秒続いた。


残念ですが、私の考える常識とあなたの考える常識とでは違う様ですね・・・・

一般的な社会通念上の常識から考え、我が子がこの様な事をおこなったら「深々と礼をし、大変申し訳ございませんでした」と謝罪するのが常識だと思いますよ。

私はそう言い切った。

さぁ、食ってかかるのか?

どう出る?

主犯格の少女の父親は再度、謝罪してきた。

続いて3人の母親も小さな声で軽い会釈程度の傾きを見せたのだ。


少しは伝わったのか・・・・

私はこの時点で怒りではなく同じ地域に住む親として語り始めていた。

私がここにあなた方を呼んだのは、一度や二度のイタズラならばここまで(親を呼んだり)しない、また、呼んで怒鳴って、お金を取ろうなんて考えていません、私はそんな人間ではありませんから。


これが約1年にも亘り何度も注意したが睨まれ逃げていく姿と、子供だけに証拠も抑えられないということから現場を抑え、その重大さを「子供たちに教えたかった」からです。

この子供たちの今後の人生において、その場の謝罪で終わるのと、親が謝罪する姿やその罪の重さを自覚し未来への宝物へと変わるのではと私なりに考えたからです。

この子達が5年後、10年後、更には未来には親となった時に今日の出来事がプラスに働くと考えます。

私は内地からきた人間ですが、沖縄には素晴らしい言葉がありますよね。

「地域の子供は自分の子供」、余計なことかもしれませんが、私はお宅のお子さんもわが子の様に大切に思います。私にも子供が3名いますが、我が子ならば叱ってほしいとも思います。

不安そうな少女2名に語りかけた・・・

軽い気持ちでイタズラしたかもしれないね。

例えばお友達のランドセルにイタズラで傷をつけたとするよね?

軽い気持ちで傷をつけたとしても、つけられたお友達はそのランドセルを6年間背負って学校に行くんだよ。

それは一生、忘れられない心の傷(怪我)になるかもしれないんだよ。

それとね。

後から傷つけた本人も傷つくんだよ。傷をつけられたお友達よりも苦しくなるんだよ。

わかる?

そう話すと、主犯格の少女の父親が、娘を自分の元へ引きよせ「よく聞いておけ」と語ったのだ。


2人の親へ言った。

お子さん達には伝わったと思いますのでこれで結構です。帰宅し怒るのではなく、「悪い事をした」という事を言葉で教えてください。「怒鳴る」ことなく。


先に主犯格の少女の父親が「大変、申し訳ございませんでした。」叱って頂き感謝いたしております。
すみませんでした。失礼いたします。。。といい帰っていった。

お金でも請求されると考えていたのだろか・・・ボォーっと立っていた母親が私に近寄り深々と謝罪してきた。

大変、申し訳ございませんでした。

このマンションの何階にお住みですか?


私)・・・・。何故ですか?

後から旦那と謝罪させていただきたいと思いまして・・・。


私)いえ、結構ですよ。謝罪の言葉より誠意ある態度。今の謝罪の言葉と姿で理解できましたのでよろしいです。娘さんは素直なお子さんですよ。怒らないで教えてあげてくださいね。

そう言い親子の姿を見送った。



この1年の経験とこの日の経験はこの親子への経験ではなく私にとっての「経験」ではないかと思う。


もしも、神が存在するならば神が贈ってくれた私への「経験」という名の「贈り物」なのかもしれない。


この贈り物は我子への贈り物にもなると考えたとき、私は素晴らしい経験をしたと感じる。


人生とは何なのか、つくづく考えるときがある。


肉体を与えられたのは「生命の尊さ」を知るためではないだろうか。


心を与えられたのは他人の痛みを知るためではないだろうか。



私はそう思う。



私にできることは小さく限られるが、できる限りのことをこれからもしていきたいと思う。



多くを学ばせてもらったこの「沖縄」で。



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生き様

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生き様

自分の生き様を考えたことはありますか?

そもそも「生き様」とは何なのか?様々な定義があると思いますがここでは私が思う生き様について語りたいと思います。

私が思う「生き様」、人の一生、すなわちこの世に生を受けて誕生し死に到達するまでに己の描いた夢や希望、感謝や感動をいかに己の脳に刻み周囲の脳に自分を刻めるかではないかと思う。

つまり、生き様とは自分の納得いく生き方ができ、尚且つ周囲の人に愛される生き方、「人」であれたかというのが重要ではないだろうか。

世の中、地位や名誉、金や財産という考え方の人もいると思うが、これらは僕にとって後から付いてくるもので最も価値の低い物に感じる。

僕的に後からついてきて価値のあるものは、「人脈」「信頼」「自信」「感謝」「後悔」この5つが価値あるものではないかと思う。

人生において全てが納得いくことばかりではない、むしろ、納得いかない出来事の方が多いといえる。
これは単純に納得行かない出来事ということではなく、最も理想的な状態にならない。と捉えるべきだろう。

最も理想的な形に近い状態にするにはどうすればいいのか、このことを生きていく中で模索し、ぶれる事のない軸を中心に独自の円を描いていかなければならないと思う。

軸がぶれれば真円ではなくりキャンパスは真っ黒に染まっていくだろう。


生き様を描くためには軸が最も重要ではないだろか。


人脈をつくる軸、信頼を得る軸、自信を得る軸、感謝を得る軸、後悔を受け止める軸

5つの軸から描かれる「点と線」は人の「生き様」を描き己の心の顔を作り上げるのだと思う。

憎めない人というのはこの軸が不動なのだと思う。

顔に滲み出るほどの「幸」を与え、与えられている者にしか得る事のできないものかもしれないね。


人は皆、菩薩。

様々な顔をもった菩薩。

必ず誰かから愛され生きている

誰かを幸せにして生きている


人という菩薩は完璧な菩薩であると言える。


また、人が創造した菩薩は答えなき菩薩と言える

答え無き菩薩とは心が存在しない菩薩である。

心が存在しない菩薩とは「その菩薩を拝した者の心」によって、その(菩薩の)表情が異なってくることを示す。


怒りの者が菩薩を拝すれば「怒りの菩薩」に映り、心穏やかな者が拝すれば「円満な菩薩に映る」

菩薩とは人の心を映す鏡と言える


「生き様」

一言でいえば、より多くを得ることではなく、「愛される菩薩であり続けること」なのかもしれないね。




miroku.jpg画像:弥勒菩薩









得する話

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得する話。

ご存知ですか?

私、ちょっとだけ、ちょっとだけ得する話を知っています。。。


私は毎日、多くの方と出会い話します。北は北海道、南は八重山、時には海外の方とも話します。


1年で何百人、いや、相談を含めると何千人かもしれない。

良い人もいれば、そうではない人とも出会うこともある。

時にはそんな人と連続で会うこともある。

多くの人と出会うという事は多くの影響を受けやすく、ぶれそうになるかもしれない。ということ。

僕は僕なりの楽園を築き僕なりのネットワークを構築している。

僕のとっておきの得する話、5話。

①人の笑顔をいつもよりも1秒長くみつめる様にしている。

これは感覚的な喜びの伝達ではなく、優しさの記憶として留め、その優しさを積み木として積むためである。

②ありがとうという言葉はいつも自分から、そしてお返しのありがとうも最後に1回多く自分から。

ありがとうという単語ではなくありがとうに「心」を乗せて語り、最後に再度、思いを込めてありがとうと語る。初めのありがとうはお礼の言葉、最後のありがとうは感謝の言葉。ありがとうは2回言って初めて成り立つ言葉。

③人の痛みを知らない人と出会ったら、まずは受け入れる様にしている。

いやな事や意地悪な発言、行動をする人がいたら、否定したら逆効果。まずは聞きましょう。そして納得する答えを提示しましょう。何故なら「後から後悔しな い」選択が一番だから。はじめは向き合い次は上を見上げた方が勝ち。もっと先を見て考えると、人生、成功した数ではなく失敗した数が少ない方が成功と言え る。つまり、後悔しない人生を歩むということ。神の前に立たされた時、眼をそらさずに立つ事を考える。。。


④いつも自分なりだけど全力で「楽しんでいる」。
悔いのない人生は悔いのない一日からできている。悔いのない一日は悔いのない1分からできている。
悔いのない1分は1秒の全力からできている。常に全力で生きる。 全力=今の自分ができる程度のこと。楽しみが10ではない努力が10でもない、楽しみも 努力も苦労も笑顔も涙もすべて合わさって10だと思う。つまり、僕は僕でしかなく、あなたもあなたでしかない。そして、あなたに勝てる人もいないし、あな たより劣っている人もいない。何故なら、同じ人間が存在しない限り、一人一人が特別な存在だからです。

⑤忘れない努力をしている。

上記のこともそう、出会う方々から吸収し続けている様々なことを忘れないようにしている。
これは良いことも悪いこともすべて忘れないようにしている。私にとっては全てが大切な思い出。
何故なら、人生は一度きりで私もいつか亡くなるからです。今年の12月で32歳。50年もすれば、そろそろでしょう。たった50年しかない、このブログを書いている今も残りの時間が過ぎ去っていく。


限られた時間の中で限られた人に出会えたことに感謝。

これが私の得する話5話でした。

本当は得するかどうかわかりません。

こんなお題なら、、、クリックしてくれるかなと。。。つけただけ。

たかがブログの数字。

これが本音ですがね。

よろしかったらこれからも見てください。よろしくお願いいたします。。

syatyosanより。

夏と想い出

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沖縄は10月いっぱい熱い夏が続きます。内地はだんだんと秋に近づき肌寒くなり景色が夏の終わりを告げることでしょう。。

雲が形を変え山が彩る時、夏の思い出が過去となる

私も31回目の夏を残り2ヶ月で越えようとしています。

毎年、季節の変わり目で感じることがあります。

内地で暮らしていた頃のことです

熱い夏の想い出。

かき氷にスイカ、打ち上げ花火に祭りの音色

半袖から長袖になり

息が白く濁る頃

乾いた空気の味がどことなく「安らぎ」を与えてくれていた。

沖縄にくるまでは何もない魚街(漁業でしか成り立たない過疎の町)はカラ箱の様に思えていたが

ここ沖縄にきてから、実はカラ箱には「ぬくもり」があったのだと気付いた。

季節の変わり目に気づいたこと

それは、内地にいては見えなかった「人と街の美しさ」。

夏から秋へ

秋から冬へ

冬から春へ

変わりゆく季節の中で気付くこと

それは、日常では気付くことのない大切な思い出であり「瞬間」なのかもしれない。


沖縄へ移住する予定の方、通勤の道端に咲く花や電車から見える景色をよく見てみてはいかがでしょか。

人混みの中で一瞬、一瞬だけ「時間が止まった」気がするかもしれませんよ。
久しぶりに移住に関してのお話をしましょうか。

沖縄移住ブーム

前回は2007年1月ぐらい・・・石垣島が目立ちましたが同時に沖縄本島も移住者が多かったです。

移住者の層には大きく分けると3つの層が存在する。

1.家族がいて安易な気持ちで移住ができないと考え、計画的に移住する方。

2.計画的とは言えないがすべてを無計画では職につけないと今できることだけを行い移住する方。

3.行けばなんとかなると何も計画せずに移住する方。

この様に3つのパターンが存在する。

沖縄への移住以外でも同じことは言える。

移り住むにあたり何が問題となるのか、また、なりうるのかを考えてみる。

人の生活は「衣食住」、わかりやくす言えば「仕事」があれば住むところも確保できる。

キーワードは仕事ということになる。

単に住むだけならですよ。。

都に変えるには「馴染む」ということが必要になる。

では馴染むとは何なのか?

「郷に入ったら郷に従う」

これは当たり前の話であってまさに移住しようとする人には「単語」にしか過ぎない。

つまり聞いても心に届かないのです。

結果として多くの移住者が帰っているのだと思います。

職が見つからない。馴染めない。

果たしてこれは移住する前に想定できなかったことなのだろうか・・・。

もしも、そうなってしまったら・・・。

選択肢は3つ。

1.誰でもいいから藁をもすがる想いで助けを請う。

2.自力でひたすら頭を下げ就職活動を行う・地域の人と積極的に話し自分を知ってもらう。

3.諦めて故郷に帰る。

この3つの選択肢。

3人が存在した場合にあなたにはどの様に映るだろうか?

この様なパターンを日々、私は見続けている。。。

3人に共通するのは「こんなはずじゃなかった」という言葉。

インターネットが普及し「人は眼と耳」を失ったと私は思う。

ネットは単なるツールにしかすぎない。


本質は常にリアルな場所に存在する


もっと奥深く、もっと温もりあるものではないだろうかと僕は思う。


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人類が生み出した「文字」

はじき出された文字は心の衣を脱がせ人の真意を表わす

人は皆、「顔のない菩薩」といえよう

人は細く短い糸を一生かけて手繰り

その答えを見つけようとする

これが「人生」というものではないだろうか

終着点にある泉に映る己の顔が

時をかけ作り上げた菩薩の顔(心)ではないかと僕は思う。

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僕は文字を読むときに「状況」「感情」「優しさ」を見るようにしている。
優しさと素直さをわすれない様にいきていきたい。
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あべよしあきの「今を生きる」でした。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

最近は人と会う機会が多い。

30分刻みや1時間刻みで打ち合わせを行う。

先日は全国で派遣業務を行うエイティエス株式会社様、旅行業では株式会社ジェイティービー様、テレビの取材依頼でテレビ朝日様など。

ハードスケジュールだが面白い。

本日もプロのデザイナーの方と打ち合わせがありました。やっぱりプロと交わす「コダワリ」は面白い。

熱くなる瞬間とでもいいましょうか。。脳に電気が走る瞬間を感じるんですよ。。

心臓から送り出された血液が脳に届き、脳ホルモンが勢いよく分泌される。

鼓動と共に眼を見開き四次元に存在する「心」へ光矢のごとく伝達される、「充実感」という名
の稲妻が一気に全身を貫く瞬間だ。


これが「遣り甲斐」と言うんだと思います。


遣り甲斐、それは求めて得られるものではなく己の努力の結晶から
生まれた「奇跡」ではないだろうかと僕は思う。
人生は一度きり。

皆が知っていることだが

日々に追われその大切さも薄れていく。。

健康であれば病の辛さや健康の素晴らしさも薄れていく。

人生の大切さや心の大切さも薄れていく。


私が人生において頭にきても怒らない様にしているのは単に疲れるからということではないんだよ。

自分の心が汚れるからなんだ。

広い心で許せる強さを持ちたいと考える

また、人生は一度きりで限られた時間しかこの世にいれないから。


僕の日常もみんなと同じく「残念」なことはよくある。

でもね。

そういう時は空を見上げ流れる雲を見たりするんだよ。


自然に優しい心になり怒るより許すが先にくるんだよね。


怒れば心が汚れ嫌なことも考える。


人生は一度きり

1秒でも笑ってたいじゃん。

だったら相手を許すことが一番なんだよね。

悲しいことがあったら「そっ」と、自分から引いてみたらいいさ。

それなら誰も傷つかないでしょ。


限られた人生。


この世の全てが限られた時間の中、生きている。


草も木も花も動物も皆、限られた時間の中で生きている。


花壇に咲き乱れる花も一輪一輪が一つの命。


限られた人生。


限られた時間。


限られた人に出会えた事に感謝する。



人生って本当に素晴らしいよね。。



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人生とは天国への階段を歩むことなのかもしれないね。
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ないんです!

何が?

ブログネタがぁ。(笑)

最近は仕事が忙しく他の事を考える余裕がない。(力の無さか・・。汗)


私の人生でこういう時は何回かあった。。


「ネタがない+危機」たった時の事を話しましょうかぁ。。←ネタになった。(照)

これは小学校5年の頃である。。。

やんちゃな幼少期、運動帽のゴム紐が伸びるぐらい活発な子供でした。。

自転車で走り回り野球をやれば公園の隣の家のガラスを割り、土手を自転車で下ってみたりと、本当にやんちゃな小学生でした。

そんなある日、いつも通りの小学校での出来事。

4時間目の授業は国語。

小学校に入り宿題もしたことない私は漢字も書けず、作文も上手く書けずの落ちこぼれ。

国語が大っ嫌いでした。


そんな国語の授業。

キンコンカンコーン~キンコンカンコォ~~~ン★

この音が鳴るとぉ・・・・・

休み時間の楽園から一転、工場の作業場へ「強制送還」される様な想いでした。(汗)


はぁ~くぅ~。。。

いやだなぁ~

先生の声がお経に聞こえてしまう。


教室のドアが開く!

ガラガラぁ~~~!

日直が言う「気をつけ!お願いしまぁす。」


このお願いしますという言葉は40分間の地獄の始まりを意味し「覚悟はいいか?はい。いいです。」という意味を示していた。(笑)


先生が教壇に立つ前に私は見た!

先生の左手にある「分厚い作文用紙を!」

ちゃぁ~~~

「終わったぁ。」汗

文書構成が苦手な私。

作文?


参ったぁ。こりゃ参ったぁ。


作文用紙が先頭から後ろへ配られる。


自分の作文用紙も含め後ろの友達に渡そうかというぐらいの心境。(汗)


先生が大きな声で説明しながら黒板に書き出した。


先生)さぁ~てぇ。今日は作文だぁ!

私)そんなのみりゃわかります。はぁ~。

先生)今日はなぁ。お題!「ないぞ!」

お題ないぞ!?

教室の全員が「ぽかぁ~ん」としていた。

そりゃそうだろ。お題がない作文?

先生が言った。

お題は自分で決めて書け。自由だぞ!さぁ、始めぇ!


戸惑う生徒。

5分ぐらいしたらみんな書き出した。

ほぉ~みんな優秀だなぁ~

10分経過。

ひゃぁ~~書いてないのは僕と落ちこぼれの同類子。(笑)

眼で合図する。。


お・・・おまえ。書けんだろ?

友達)ニタり。と微笑む。(爆)


く・・・くだらん。(笑)


だ、だめだぁ!

こんなことでは同類子。(笑)

さ、今何時?

やべぇ~25分経過。

こりゃマズイ!

はぁ~ど~すっぺなぁ~

まいったべっちゃ~

あっ。

お題はないんだよね?

じゃあ、「お題がない」をお題にしよう!

お題:お題がない

先生が教室に入ってきた。。

今日は作文の授業。。

「お題はない。」


僕は困りました。

どうすればいいのか悩みました。

そして今も悩んで書いています。

何を書いたらいいかわかりません。

でも、これも作文。。


なんていう作文を書いたことがあります。(笑)

この作文は見事、最後まで書き終えましたよ。

そして次の日の朝、先生のあいさつの最後に私の作文が読まれた。(笑)

先生が読み終えた後に言った。

阿部の作文は作文ではないかもしれない。

しかし、大きくなったらこういう発想が大切になるかもしれないな。

大笑いしていた教室が一瞬静かになり私に視線が注いだことは言うまでもない。


そして調子に乗った阿部少年はまた運動帽のゴム紐が伸びるまで走り回るのでした。(笑)

世の中の良い子のみんなぁ!

ちゃんと勉強しろよぉ!(照)


********************
最高の少年時代。
おとうさん。。おかあさん。。べんきょうのできないぼくだけど、
いままでおおきくなるまでそだててくれてありがとう。。

あべ よしあき
***********************************


心の植木鉢

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今日はホームページ制作の件であっという間に終わった。

物凄く充実した一日であり、温かい一日であった。

ホームページの件で夕方、営業部長の佐藤とコンピューターの専門学校へ行く道中の話である。

いつも声が大きく笑顔の佐藤。

うちの会社のムードメーカーとも言える存在である。

そんな佐藤が運転する車の助手席に座った。

走り出して5分ぐらいしてから佐藤が言った。

いやぁ~この「かりゆし」ね。娘からの父の日のプレゼントなんですよ。(笑)

この名詞ケースもプレゼントで。。。と、胸元から出して見せた。

「満面の笑み」である。(笑)



佐藤の家では家の間取りに注意しているという。

それは、いつも子供と話す環境を大切にし自らが子供の状態を察知できる様にするためだからだ。

リビングは家族の団らんの場であり、家族の絆を深める場だという。

そう考えるとどうだろうか?

現代の家族、団らん、リビングの意味。

大型テレビに必要以上の食卓セット。

見栄えばかり気にする人も世の中いるのではないだろうか?

昔は当たり前であった「会話」=「道徳」はこのリビングから生まれたのではないだろうか?

家具屋のリビングセットを見る時にいつも思う時がある。

このリビングは家族が会話しやすい様にできているだろうか?

TVが見やすい、部屋が広く見えるという事の何倍も大切ではないかと思う。

これが佐藤の哲学であり、私の人生の先輩としての意見である。


リビングルーム

それは心を育む云わばオアシスと言っても過言ではない。


オアシスで育まれた愛情はいつの日か眩いばかりの光を放ち花開くであろう。


心の植木鉢ともいえるそのリビングを娘が後する時、父親は涙するだろう。


リビングに行けば娘の声が聞こえてくる気がすると父は一人座り込む。


そんな愛あるリビングに僕もしたいと思う。
人生には最高と言える時がある


幼少の想い出であったり若き頃の無茶した恋であったりヒジネスであったり人によって様々ではあるが眼を閉じあの時の感動、喜びを思い出す時があるだろう。

人生とはなんなのか考える時がある、また、成功とはなんなのか答えを探る時がある。


ある人が言った。


人の人生が終わる時、一度だけ戻りたい場所に戻る事ができるらしい。


人生というのはもしかしたら『戻りたい場所を探す旅』つまり、最高の一時(瞬間)をつくる旅なのかもしれない。

昇天するその時、僕は何処に戻りたいと思うのだろうか。


今わかることは『毎日が戻りたい場所』と言える人生(旅路)でなければならないということである。

クレーム

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四時過ぎに仕事を終えました。


買い物をして食事。


疲れているせいかなんかさっぱりした物がいいな。

がざるそばを頼む。


15分後。


ざるそばとご対面。


そばが数本飛び出し一部は器の外からおぼんにダイブ。



相棒は言った。

これみてクレームつける人もいるだろうね。


考え方変えたら勢いよく盛ってくれたのかなって思うしね。


だよな、そう考えたらこぼしてるのはお客の方かもな。


なんで?


広い心の器だよ。


く、くだらん。


さぁ、食べよぉ。


なんて会話する土曜の夕暮れ。

これぞマイタイムマイライフではないかな。

島時間

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本日は不動産物件の調査。

物件に着き待つこと10分。



不動産会社の方との待ち合わせ時間。


こない。


10分経過。


来ない。


電話したら更に10分遅れるとのこと。


ウチナータイムというものもある。また、忙しくてたまたま遅れたのかもしれない。


なんにせよ事故じゃなくてよかったよね。


心のスローライフはこういう事じゃないのかな。。  
いつの間にか・・・・

30を超えていた。



気づけば今年で32歳。

あっという間に「時が過ぎ去った」気がする

自分の人生で楽しいと思える時は沢山あった

幼い頃から好きな事だけをして生きてきた

子供から大人になる時は世の中の厳しさに不安を覚えた日々もある

好きなことだけを行い生きてきたからこそ社会で生きていけるのか不安に感じたのだと思う

社会に出て「責任」というものの意味を知り

社会に出て「生きる」という意味と「生き抜く」という意味を知った

時には「大人と社会」の語る常識に冷たさを感じ心で反発した時もある

世の中の常識には誰かが犠牲になることもあるという意味も知った

ストレートしか知らない子供に変化球を教え「生き抜く」事を教える現代社会

僕は思う

変化球を覚えても、ストレートを知らない大人にはなるなと・・・・

基本は常に直球勝負

それが僕の生き方であり

それしかできないのが僕である。

先日、下見サポートをさせて頂いた方と訪れた3DKのアパートの柱にこんなものがあった。


息子・娘の年齢と身長がマジックで柱に書かれていたのだ。

きっとここで暮らしていた家族はこのアパートの前を通る度に子供の誕生日に行ってきた、この記録を思い出す事であろう・・・。

時には子供を抱きかかえ病院へ走り

時には怒り

そして笑顔で抱きしめた日々

家族で笑った時間をこの部屋は知っている。

物件調査の時、子供が貼ったシールを見ると思う。

ここにも笑顔があったんだなぁと・・・。

無邪気な子供の声が聞こえてくる気がする。

新築以外どんな家にでもある想い出の証である。

皆さんの家にもありませんか想い出の「証」。

実家の壁や柱。

階段や学習デスク。

どこかにあの時の思い出がきっと刻まれていると思いますよ。
幼い頃、近所のラーメン屋さんに電話する。



あ・・・あの。○○自動車の裏の阿部ですけどぉ、ラーメン一丁お願いしますぅ。

子供がかける電話に丁寧に対応する店員さん。


このラーメンの味が昭和を思い出させ幼き頃へとタイムスリップさせる。

よくあるじゃないですか。。

その時代の音楽がその頃の自分に戻してくれる様な瞬間って。。

そんな感じのラーメンです。

親父は漁師で家にはおらず、母ちゃんはパートで帰りが遅い。

腹が空いたら電話して食べていいからねと・・・

電話棚の上に貼られたカレンダーの裏面にラーメン屋とうどん屋の電話番号を書いてくれていた。


そんなことをこの一杯が思い出させる。

このラーメンが僕を24年前に連れていってくれるのだ・・・。

スープをすすり、目を閉じればあの懐かしき昭和の幼少期が蘇る。

運動帽のゴム紐が伸びる程のやんちゃな幼少期に今戻るのだ・・・。

皆さん おはようございます!


昨日は何故か眠れず結局、朝まで起きていました。(汗)

今後の業務や流れ、社長として考えなければならない事などを考え「ゆっくり」掛けの音を聞いていました。

カッチン・・・コッチンと聞こえてくる時計の呼吸。

急かされるような時間を感じながらも・・・・心の何処かで落ち着いた時間を感じる一時です。。。

現在時刻、6:46分

通勤される方もいらっしゃるでしょうね。。。

今からまさに満員電車と自宅を後にする方もいらっしゃるでしょう。。

本日の朝礼では何を言おうかなと悩んでいる方もいるのかな・・・(笑)

沖縄へ本日移住する方もいらっしゃるでしょう。。。

それとは逆に本土へ帰る方もいるでしょうね。。。

共通するのは皆、同じ時間を生きているという事。

同じ時間を生きていている。

そう、同じ時を共にしている仲間ですよ。。。

楽しいこと、悲しいこと

人生様々ですよね。。。
どんな立場でもどんな時でも、優しさは大切にしていきたい。

ムカッときても、その相手には親がいて、そこに愛情がある様に誰にでも大きく深呼吸して接したいですよね。。

歳をとり丸くなるというのは心が成長するのではなく歳をとりその立場になる事により見えなかったものが見えてくるのではと私は思います。。

これは社会でも言えることかも知れません。

上司の一言。部下の一言。

立場で見え隠れするものだと思います。。

完璧な人間なんて存在しない。

人間の視野はその半分程度。

しかし、心の持ち様で360度の視野を持つこともできると私は思う。

360度の心がけと180度の思いやりが痛んだ社会を癒すのではないでしょうか・・・・。

死亡→移植

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皆さん こんにちは。

朝まで働いていたので昼間は寝てました。

一日を無駄にしてしまった感がいっぱいですが、、、まだ夜が残っております。

終わり良ければ全て良し!

一日の終わりは楽しく終わりたいですよね。。


さて、先日のアイバンク協会からの来ました来ました。。


これが登録に必要な記入用紙


これが説明の文章。


ちょっと待てよ!!!!!


え~~~~~~!!!


本当ぉ!!!!!



見ました?



眼球の摘出後は義眼を装着しますのでお見苦しいようなことはございません。


そうなんだぁ!



てっきり私は目玉がなくなり窪んだ状態でまぶたの筋肉も硬直しながらも皮が垂れ下がり奥がかすかに見えるのかと思ってました。。。



でも、、、、、私は義眼はつけたくありません。。。

義眼を付けて焼かれるのはいやだな。。。


葬式では付けてても後から外してくれるならいいが誰もそんなの触りたくないですよね。。
そしてそんな事頼むのも申し訳ない。。(頼むなら姉ですがね。。元県職看護士でしたので・・)

義眼なしで眼だけ布で隠してくれればいいな・・・。

角膜移植

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そう!電話をするのを忘れていたのはアイバンク協会。

私は臓器全ての提供の意思表示として意思表示カードを持参しています。




で、別でアイバンク協会経由でも登録をしておけば私が心停止状態になった際に早く臓器の保管や提供に繋がると考え本日、アイバンク協会に申請用紙を郵送してもらうように連絡しました。。


私が亡くなったら棺の中では眼も無く臓器も(使用可能な)全てを摘出された後の姿でしょうね。。

両親には既に伝えてあります(家族の同意も必要です)

世の中、生きたくても生きれない人は数多く、移植すれば治る病気も提供者がいなくて亡くなっていく人は多いです。


アイバンクに電話した際に電話に出た女性が「申し訳なさそうに」強制ではありませんので。。。という感じでした。

確かに強制ではないがこの必要性をもっと多くの人に知ってほしい。。

私はそう思う。。

健康な体に生まれたことに対して感謝し、誰でもできる命のバトン。

簡単であるが難しい現実。

医学の道を一度でも志した者ですら己の肉体が切り刻まれる現実に戸惑いを感じるであろう・・。

あの世に行って目が見えないのでは・・・

あの世に行って体中が痛むのでは・・・

己の体の一部が魂と離れるという事は命あるものにとって重大な事であり大きな決断であるとも感じる。

しかし、この世あってのあの世の世界と考えてももらいたい。。。
って。

皆さんありません?

私は様々な物に思い出があります。。。

様々な場所に思い出があります。。。

様々な曲に思い出があります。。。

本日は南風原ジャスコに行きました。。。小録・南風原・メインプレイス。この3ヶ所と糸満のうまんちゅ市場は結構行きます。。

というより大きなところはここぐらいなので行くところが決まるんですがね。汗

話は戻り、「想い出」。

今日の思い出話はこのガムから思い出す「想い出」を話したいと思います。


昔はこの柄ではなかったんですがね、このガムの香りと共に約20年前にタイムスリップするんです。

時間は1985年頃。

日本の景気も良かった時代ですよね。覚えてますか?

私はまだ小学生の頃です。

父は「侍」の様な頑固で頭の固い人間でした。

父は船乗りで船頭を長年していました。この当時も船頭を頼まれ船に乗っていました。

母はこんな父の妻ですからね、女は1歩どころではなく2歩も3歩も下がってという人でした。

そんな母と夏の暑い日に父の出船に行ったのです。。。

船着場の近くにあるお菓子屋でいつもお菓子を買ってもらうのを楽しみにしていた。

うるさい私を静かにさせるための大切な交渉の場です。。

昔の木造で味のある色をしたガラス戸をガラガラっと開けお菓子屋のおばちゃんが奥から「いらっしゃい!」と母と幼い私を迎える。

お菓子屋でガムを買ってもらい歩いて20メートル程で港に着く。

今はどうかわからないが船頭の妻は忙しい。

乗組員の方や奥さん、提携企業の方々や船主などが集まるので全員に挨拶を行う。

もちろん、出船の連絡や船が帰ってくる連絡も全て船頭の妻が行うのだ。

妻が仕事をこなせないと笑われてしまう。。特に侍の妻で16歳から船に乗り地元では有名な漁師となればミスは許されない。

ぼそっと母は言った事がある。

船頭は給料は良いが心休まる時がない。

その当時の船乗りの給与は良かったらしいですよ。

私も札束を何度も見ました。。。(その後、漁業は傾くんですがね。。)


そんな出船でいつも買ってもらってたのがこのガムなんですよ。。昔は60円ぐらいだった気がします。

このガムを噛むと思いだすんですよね。。母の挨拶をする姿や父の挨拶をする姿。

色とりどりの紙テープを船に束ねて出港する。。。

ブォ~~ン。。。。ブォ~~~ンっていう船の汽笛が鳴り・・・父は海へ行く。。。

船から手をいっぱい振る父。


段々離れて行き小さくなり見えなくなっていく。。


それでも父は手を振り続ける。。


見えなくなるまで。。。


手を振り続ける。。。


船は最後にもう一度、長く、大きな汽笛を鳴らす。。。ブォ~~ン。。。。ブォ~~~ン・・・・・・。


他の船員が船内に入りいなくなっても最後まで手を振り続ける。。。


笑いながら眼尻にシワを寄せて手を振り続ける父。。。


1ヶ月に2・3日しか家にはいない父です。入港しても直ぐに出港です。


照れくさく父という感覚が薄い私は手もふらずただ見ているだけ。。


そんな出船がいつもの出船でしたね。。。それがずーっとです。


今でも父は現役で船に乗っています。


私は沖縄。


手を振る事はできません。


想い出の中の「忘れ物」。


これって忘れてはいけないものなんですよね。。


いつか出船に行き手を振ってあげたいと思います。


初めて手を振る息子を見る父。


息子は30歳を過ぎたが父からすればいつまでもこのガムを握りしめて立ちつくす子供に見えるであろう。。。


届くかなぁ・・・この想い。。。


怪我しない様に帰ってきてね。。お父さん。。
悲しみの数だけ人は優しくなれる。

そう。

思う。


助けてあげたい。

そう思い動いてあげても人は裏切る場合がある。

それを恨んではならない。

無関係でも代わりに謝罪する時もある。

見捨てるわけにはいかないから。

そんな人生で損も多いが・・・。

あの世から迎えが来た時に純白の衣が舞い降りると信じて代わりになる。

人間

大切なのはそういう姿勢なのかもしれない。

母方のお祖父さんはいつも冷静な人だった・・・。

物を盗まれても「ん~困っていたんだろ」

嫌なことをされても「ん~人は悲しい時に迷うものだ」

そんな人でした。

私が生まれて初めて裏切られたのは小学校6年生の頃だったな・・・。

心から信じた仲間に裏切られた。

あの光景は今でも鮮明に覚えている。

夕方4:00過ぎであろうか・・・私はまだ小学校で遊んでいた・・・。

明日は遠足だ。

生徒は皆早く帰されたが私は友人と遊んでいた。

明日の遠足には帽子を持参。この帽子、クラス別で色が違う。

私のクラスは黄色だった。

薄い黄色。

体育帽の薄い黄色。

私はこの帽子を机の中へ入れていた。

厳密には机の中に忘れていたのだ。

帰りに先生が言った「あしたの遠足では必ず帽子を持ってくるように。忘れて行ったら許さないからな!」

そう言われた私は遊んでいて無くさない様に机に入れて遊んでいた・・・。

私の仲の良い友人。

こいつの為ならどんな危険な事でもへっちゃらだった・・。

中学生に絡まれた時も助け同級生にいじめられている時も助け。

喧嘩でも代わりに出て行き守ってやった・・・。

こいつがある日家出をした・・・。

母親から私の家に電話がきた。

友人が怒って家出して帰ってこない。

私は母と探しに家を出た。

私の実家は川沿いの近くで小学校まで500メートルぐらいの直線道路だった。

この川沿いを母と歩きながら探した。

いない。

いない。

あいつ何処にいったんだろう・・・。

違う道も歩いた。

この道は私が教えた裏道であった・・・。

あいつ連れて良くこのあたり歩いたもんな隠れ家もあるしいるかな・・・

そう・・・

頭をよぎった瞬間・・・

あ・い・つが!!!

100メートル先の路地から出てきた!!

私は一瞬走り出して捕まえようと考えた・・・。

が、この距離で逃げられたら捕まえるのに時間がかかると感じた・・

友人はこちらに気付かず歩いてくる・・・


5歩


6歩


7歩


と!


その瞬間!!!


あいつが気付いて逃げた!!!


私はサンダルを履いていたが脱ぎ捨て追いかけた!

全速力で!

足は自慢じゃないが小学校でも早い方だった。長距離では小6で1500メートルを5分ジャストぐらいでは走れた。

友人を捕まえるのに30秒もかからなかった。

右手で左腕を掴んだのを覚えている・・・・。



おい!

何でおめーにげんだよ!

そう大声で言ったのを覚えている・・・。

はぁはぁと息切れする友人を連れ私は言った「逃げんな!落ち着け。とりあえず俺んちいくか?」

その後、母が来て言った「T君。お母さんが心配してたよ。とりあえずうちでご飯でも食べようね」

そういいながら無言で帰宅した。

母は友人の家へ連絡。

私は友人と話をした。

理由は大したことではない理由だった。彼にはこれが反抗期だったのでしょう・・・。

うちで旨い刺身や晩飯を食べた。

お前。ばかだべっちゃ。家出? おめぇ~なぁそんなだがらいじめられんだよ。
ででぐんならオメーがででげや!コラぁ!ぐらい言え。

通訳:ばかだな。家出?お前がそんなんだからいじめられるんだよ。
出て行くならお前が出ていけ!コラぁ!ぐらい言え。

と言った。

それから彼はいじめられっ子ではなくなった。

友人の母親も言っていた。

うちの子は強くなった。家出して以来・・・。いつもいじめられ影で泣いていたのに自分の意思をはっきり言うようになったと・・・。

そんな友人が隣の席である。

6年生になっても仲良しだった・・・・

この日の夕方までは・・・・

夕方。

帽子を忘れた事に気づいた。

ヤバイ。

帽子を忘れた・・・・先生に殴られる・・・。←昔は常識。

仕方ない。小学校に電話をした。

スミマセン帽子を忘れたのですがまだ空いてますか?

担任の先生に代わるから待ったてなさい。そう言われ担任に代わる・・・。

はぁ~何で代わるんだ・・・余計な事を・・・。汗

もしもし。どうした?

あの・・・帽子忘れて・・・

だから言ったろ。(声が・・・怒ってる・・)

待ってろ今先生が教室に見に行くから。

7分ぐらい待たせて頂いた・・。汗

もしもし。あったぞ。

あっ、スイマセン。今から行きます。

この電話を切ってから二人の間に大きな溝ができる・・・

友人から電話がきた。

おぅ。なんだ?

俺の帽子知らない?

はぁ?お前の帽子?知らないぞ。なんでだ?

俺の帽子持って行ったろ?

はぁ?持ってってねーよ。勘違いだろ!?

俺の帽子を自分の机の中に入れたろ?

何を言っているのかまったくわからなかった・・・。

持ってない。そう言い電話を切る。

先生にまた電話して全て話してもう一度机を見てもらった。

Tの机にも帽子が入っている。

これを確認してもらったので私は濡れ衣を着せられる事はもうない・・・

私は学校へ行き帽子をもって帰ってきた。

次の日の朝。

一番乗りで学校で行った。

本当に友人の机の中に帽子がある。

私はその時気付いた。

あいつ・・・帽子を無くしたと思ったんだ・・・

遠足で帽子がないのはだた一人、先生にも殴られるかもしれない・・

だから俺のせいに・・・。

私は用があり1Fへ下りた。(教室は3F)

また教室へ行った。

と、その時、友人が他の友達を連れて2人で教室へいた。

友人は私の机に行き机から黄色い帽子を出して見せた。

わざと・・・友達を連れて・・・私の机から・・・出して見せたのである・・・

証人を連れていたという事だ・・・

偽装までするとは・・・

全てを知るのは私と先生のみ。

私は言った。

お前、先生も全て知っているぞ。実はな・・昨日、先生に机の中を見てもらったんだよ。

お前の机の中に帽子があったらしい。

お前。

それでも俺とやる気か?

友人は黙り込んだ・・・。

その後、遠足はスタートしたがこれほどつまらない遠足はなかった。

小学校最後の遠足の思い出。

私は友人が教室でして見せたことを先生には言わなかった。

何故ならこの友人が好きだったからだ・・。

でも、友人を見る先生の眼はいつもと違った・・・。

それに私は気付いていた・・・・。

子供ながらにね・・・。

人は必ず良い面・悪い面が存在する。

完璧な人間なんていない。

あの日の事は忘れられないが、私はこの友人が今でも好きだ。

あいつと馬鹿をやった思い出

田舎の草木の香り

川で泳いだ思い出

釣りをして泥だらけになった思い出

カマキリを捕まえにいった思い出

いつも思い出にはあいつが隣に存在する。

今は疎遠だが・・

きっとあいつは幸せに暮らしていることだろう・・

親となっているならば

昔の事も流して

語り合いたい

あの日の訳を

心から

向き合って
昨日、沖縄(石垣島)の現実を収録するという事でTV局の方が下見サポートに同行し撮影しました。
その他、お昼にも他の局にも沖縄移住の注意点や沖縄の現状、楽園移住の真似ごとで移住したが理想と違い帰っていく人々についてお話しさせて頂きました。

石垣空港に着いて動向するスタッフさんは現地のタクシーで後ろから追いかけ撮影するという流れでした。
石垣島へ行き駐車場でお会いしたのは前回の調査でお世話になったタクシー会社の社長さんでした。
先日はお世話になりました~とご挨拶させて頂きました。

実はこのタクシー会社には同じ移住者の方が務められているのです。

私はこの時、どなた(ドライバーさん)がいらっしゃるか知りませんでした。

本島へ戻り、お礼の電話をした際に、この話を知る事となる・・・。


★電話の内容★

斉藤さん:いやぁ~阿部さん本日はすみませんでした~全然、お力になれずに・・・。

阿部:とんでもないです。非常に助かりました。ありがとうございました。

斉藤さん:実は朝から私が出迎え乗せるはずだったんですがね。。。

昨日、新婚のお客様をタクシーに乗せたんです。

新婚旅行で石垣島へ来たそうで・・・。

新婚旅行。。。。そういう事であれば石垣島の「星」を見せてあげるよ。と言ってメーター止めて奇麗な星を見せるためにポイントへ連れていたったんですよ。。

そしたら奥さんが星見て「奇麗ぃ~」って喜んで泣き出したんですよぉ~。

それにつられた旦那さんも泣き始めてねぇ。。。

喜んでもらって良かったです。

それで、このお客様が本日、本土へ帰られるのですがホテルから空港まで私のタクシーじゃないとホテルから歩いて帰る。
他のタクシーには乗りたくない。って言うんですよ。。

はははぁ。(笑)

で、ホテルから歩いたらどんでもなく遠いんでね、私、社長に訳を言って取材のドライバーを変わってもらったんですよ。

それで行けなかったんです。

スミマセンね~阿部さん。

阿部:電話越しで泣きだしそうでした。泣

これを隣にいた妻に話したら泣きだしました。

なんて、心が奇麗な人なんだろうね。。。

普通なら石垣島へ移住し楽園へ移住しました!毎日最高って語るのにTVの取材でも現実を語り現地住民と移住者の問題や真実を語り旅行者・移住者に本当の事を伝えている。こんな人はなかなかいないね・・・。そう語っていました。


斉藤さんの様に沖縄の現実を語り同じ移住者に注意を促し力になる移住者は決して多い訳ではありません。これをご覧の皆様も沖縄へ移住した際は是非、沖縄の 現実を配信し楽園移住には注意を促してください。それを真似した移住者が現実を違う場合、今までと同じく沖縄を否定します。
そうなると更に移住者と沖縄の溝は深まるばかりです。
現地の住民も楽園移住でくるのはどうかと思う。そんな移住は止めさせた方が良い。理想と違った場合、TV局も責任を負うわけでもないのだからと語ります。

現地の方々が語る「責任」。

TV・雑誌・ラジオで語る方(出演者)も(報道局)もだれも責任など取りません。常に責任は自分で追うものです。この様な点も移住前に冷静に考えましょう。

宝の価値

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おはようございます!

週末に近づくにつれ「疲れ」がおんぶにだっこですね。笑

えっ?

疲れてないって?

若い方は疲れを知りませんよね。。。。

私は25歳を過ぎてから急激に疲労が残る様になりました。

皆さんはどうでしょうか?

日頃、運動していない方は疲れやすいでしょうね。。。

さて、朝ブログのお題!「宝の価値」

皆さん宝はありますか?

人それぞれあることでしょう。。。

結婚指輪?

初恋の人にもらったプレゼント?

人生の思い出?(青春?)

大切にしている車?

様々な宝があると思います。

人はその宝に魅力と愛情をそそぎます。

その宝に対する価値観はもちろん人それぞれ。

この価値観。

沖縄ではよく見る光景です。

免税店DFSの周辺では観光客がブランド物を買いモノレールで空港へ・・・。

本土の人はブランドの輝きにプライドを映す・・・。

沖縄では低所得ということもあるがブランドに対する興味が薄いと感じられる。

本土の方に聞く話。

「大阪のおばぁちゃんを馬鹿にするつもりはないが、ニセモノブランドを平気で持つ人が多い」という。
この平気。という言葉。

この言葉の裏にも本土の人間の価値観が現れる。

平気?

という事は平気ではない何かがある?

恥ずかしい?

偽物?


似ている物。=偽物?


似せ物は偽物。


という感覚。

では似せてはダメ。似ていてもダメ。似ているとダメということになる。

沖縄では似ていても平気で持つ人は多い。

若い方でも同様。

島の価値観。

移住前に理解しないと失敗する。

一つは本土同様の感覚でお金を使うとえらい目に・・・。

一つは大切な物を失うことになる。。。。

私の考える島生活の贅沢は自分に贈るプレゼント。

価値は常に己の価値で評価される。

周囲や金額などではない。

そう感じます。

さて!本日は皆さんどんな仕事をしますか?

同じ仕事の繰り返しだと考えちゃダメですよ~★

昨日より本日の仕事が楽しくなかったらもったいない!

移住したい方!

もしかしたら・・・・。バリバリやれてスピードを追求されるのは今の仕事だけで沖縄にきたらできないかもしれませんよ・・・。(スピードに拘る沖縄企業は少ないでしょう・・・)

考え様によっては今しか楽しめない!

今を楽しむ。。。。

これって・・・・初めて仕事を始めた頃の気持ちに似ていませんか?


純粋な18歳(大学出なら22歳)の気持ちで本日は仕事をしてみてください!

きっと汗をかいても「爽やか」だと思いますよ。。。。

では、打ち合わせ3件と不動産物件の調査に行ってきます!!!

夢を追う

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毎日毎日、6時半頃から素振りをしている少年がいる。
毎日毎日である。ひたすらバットを振り疲れてくると集中してまた一振り。。。

そしてまた一振り。

自分の過去とダブらせてみてみる。。

この子が将来、甲子園に出場しホームランを打ったらきっと私は涙するであろう。。

この少年の努力は必ずこの先の人生においてに困難にブチ当たった時に必ず役立つであろう。。


このブログを読んでる方々にもこんな青春時代があったでしょう。大人になると世の中の荒波で無理矢理、大人にさせられる時代、忘れかけた大切な物(思い出)がまたみつかるとよいです。。。

音魂-otodama-

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先日、父の友人が仕事中に事故で亡くなった

父は次の日、亡くなった方の元(北海道)へ向かったのだ

話を聞くと、葬式代は全て会社が負担したという

通常、本人の過失により事故を起こせば会社側は保障などしない

そう、この事故は亡くなった方が強制停止ボタンを保持しながら行う作業なのにも関わらず、保持せずに起こした事故。

しかし、長年、貢献し続けた社員のために、会社はその家庭や経済状況を考え全額負担したのだという。

葬式には100名を超える人が訪れたと言う

この話を聞いて僕が思ったことは、僕が亡くなったら何人が葬式にきてくれるだろうか・・・

支援の仕事やITの仕事、ラジオ・テレビ、雑誌と多くの方(数千)の方々と出会い、交流はあるが、こういう時に私のことを想い駆けつけてくれる人は何人いるのであろうかと考えた

また、小さいながらも僕も同じ経営者、もし、社員が亡くなったら僕も同じ行動が取れただろうか

この会社の社長のとった行動からこの社長の社員への想いや感謝、そして人としてのあり方、お金と言うものの意味を深く考えた

人は必ずいつか死ぬ

死とは人の一生で最も己を評価する時期なのかもしれない

三途の川で照らし見えた顔が、今まで己の行った言動から作り上げられた顔ではないかとおもう




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人は肉体と心の2つから出来ている
肉体はこの次元で認識できるが心の場所は誰にもわからない

また、心へ通じる道を歩むこともできない

しかし、天が下さった奇跡(音)だけが唯一、心へ通じる道を知っている

言葉とは心から心へ運ぶ唯一の音魂であると僕は思う

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