想い出の断片

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って。

皆さんありません?

私は様々な物に思い出があります。。。

様々な場所に思い出があります。。。

様々な曲に思い出があります。。。

本日は南風原ジャスコに行きました。。。小録・南風原・メインプレイス。この3ヶ所と糸満のうまんちゅ市場は結構行きます。。

というより大きなところはここぐらいなので行くところが決まるんですがね。汗

話は戻り、「想い出」。

今日の思い出話はこのガムから思い出す「想い出」を話したいと思います。


昔はこの柄ではなかったんですがね、このガムの香りと共に約20年前にタイムスリップするんです。

時間は1985年頃。

日本の景気も良かった時代ですよね。覚えてますか?

私はまだ小学生の頃です。

父は「侍」の様な頑固で頭の固い人間でした。

父は船乗りで船頭を長年していました。この当時も船頭を頼まれ船に乗っていました。

母はこんな父の妻ですからね、女は1歩どころではなく2歩も3歩も下がってという人でした。

そんな母と夏の暑い日に父の出船に行ったのです。。。

船着場の近くにあるお菓子屋でいつもお菓子を買ってもらうのを楽しみにしていた。

うるさい私を静かにさせるための大切な交渉の場です。。

昔の木造で味のある色をしたガラス戸をガラガラっと開けお菓子屋のおばちゃんが奥から「いらっしゃい!」と母と幼い私を迎える。

お菓子屋でガムを買ってもらい歩いて20メートル程で港に着く。

今はどうかわからないが船頭の妻は忙しい。

乗組員の方や奥さん、提携企業の方々や船主などが集まるので全員に挨拶を行う。

もちろん、出船の連絡や船が帰ってくる連絡も全て船頭の妻が行うのだ。

妻が仕事をこなせないと笑われてしまう。。特に侍の妻で16歳から船に乗り地元では有名な漁師となればミスは許されない。

ぼそっと母は言った事がある。

船頭は給料は良いが心休まる時がない。

その当時の船乗りの給与は良かったらしいですよ。

私も札束を何度も見ました。。。(その後、漁業は傾くんですがね。。)


そんな出船でいつも買ってもらってたのがこのガムなんですよ。。昔は60円ぐらいだった気がします。

このガムを噛むと思いだすんですよね。。母の挨拶をする姿や父の挨拶をする姿。

色とりどりの紙テープを船に束ねて出港する。。。

ブォ~~ン。。。。ブォ~~~ンっていう船の汽笛が鳴り・・・父は海へ行く。。。

船から手をいっぱい振る父。


段々離れて行き小さくなり見えなくなっていく。。


それでも父は手を振り続ける。。


見えなくなるまで。。。


手を振り続ける。。。


船は最後にもう一度、長く、大きな汽笛を鳴らす。。。ブォ~~ン。。。。ブォ~~~ン・・・・・・。


他の船員が船内に入りいなくなっても最後まで手を振り続ける。。。


笑いながら眼尻にシワを寄せて手を振り続ける父。。。


1ヶ月に2・3日しか家にはいない父です。入港しても直ぐに出港です。


照れくさく父という感覚が薄い私は手もふらずただ見ているだけ。。


そんな出船がいつもの出船でしたね。。。それがずーっとです。


今でも父は現役で船に乗っています。


私は沖縄。


手を振る事はできません。


想い出の中の「忘れ物」。


これって忘れてはいけないものなんですよね。。


いつか出船に行き手を振ってあげたいと思います。


初めて手を振る息子を見る父。


息子は30歳を過ぎたが父からすればいつまでもこのガムを握りしめて立ちつくす子供に見えるであろう。。。


届くかなぁ・・・この想い。。。


怪我しない様に帰ってきてね。。お父さん。。

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このページは、abeが2008年8月28日 13:47に書いたブログ記事です。

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