2008年8月アーカイブ

得する話

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得する話。

ご存知ですか?

私、ちょっとだけ、ちょっとだけ得する話を知っています。。。


私は毎日、多くの方と出会い話します。北は北海道、南は八重山、時には海外の方とも話します。


1年で何百人、いや、相談を含めると何千人かもしれない。

良い人もいれば、そうではない人とも出会うこともある。

時にはそんな人と連続で会うこともある。

多くの人と出会うという事は多くの影響を受けやすく、ぶれそうになるかもしれない。ということ。

僕は僕なりの楽園を築き僕なりのネットワークを構築している。

僕のとっておきの得する話、5話。

①人の笑顔をいつもよりも1秒長くみつめる様にしている。

これは感覚的な喜びの伝達ではなく、優しさの記憶として留め、その優しさを積み木として積むためである。

②ありがとうという言葉はいつも自分から、そしてお返しのありがとうも最後に1回多く自分から。

ありがとうという単語ではなくありがとうに「心」を乗せて語り、最後に再度、思いを込めてありがとうと語る。初めのありがとうはお礼の言葉、最後のありがとうは感謝の言葉。ありがとうは2回言って初めて成り立つ言葉。

③人の痛みを知らない人と出会ったら、まずは受け入れる様にしている。

いやな事や意地悪な発言、行動をする人がいたら、否定したら逆効果。まずは聞きましょう。そして納得する答えを提示しましょう。何故なら「後から後悔しな い」選択が一番だから。はじめは向き合い次は上を見上げた方が勝ち。もっと先を見て考えると、人生、成功した数ではなく失敗した数が少ない方が成功と言え る。つまり、後悔しない人生を歩むということ。神の前に立たされた時、眼をそらさずに立つ事を考える。。。


④いつも自分なりだけど全力で「楽しんでいる」。
悔いのない人生は悔いのない一日からできている。悔いのない一日は悔いのない1分からできている。
悔いのない1分は1秒の全力からできている。常に全力で生きる。 全力=今の自分ができる程度のこと。楽しみが10ではない努力が10でもない、楽しみも 努力も苦労も笑顔も涙もすべて合わさって10だと思う。つまり、僕は僕でしかなく、あなたもあなたでしかない。そして、あなたに勝てる人もいないし、あな たより劣っている人もいない。何故なら、同じ人間が存在しない限り、一人一人が特別な存在だからです。

⑤忘れない努力をしている。

上記のこともそう、出会う方々から吸収し続けている様々なことを忘れないようにしている。
これは良いことも悪いこともすべて忘れないようにしている。私にとっては全てが大切な思い出。
何故なら、人生は一度きりで私もいつか亡くなるからです。今年の12月で32歳。50年もすれば、そろそろでしょう。たった50年しかない、このブログを書いている今も残りの時間が過ぎ去っていく。


限られた時間の中で限られた人に出会えたことに感謝。

これが私の得する話5話でした。

本当は得するかどうかわかりません。

こんなお題なら、、、クリックしてくれるかなと。。。つけただけ。

たかがブログの数字。

これが本音ですがね。

よろしかったらこれからも見てください。よろしくお願いいたします。。

syatyosanより。

夏と想い出

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沖縄は10月いっぱい熱い夏が続きます。内地はだんだんと秋に近づき肌寒くなり景色が夏の終わりを告げることでしょう。。

雲が形を変え山が彩る時、夏の思い出が過去となる

私も31回目の夏を残り2ヶ月で越えようとしています。

毎年、季節の変わり目で感じることがあります。

内地で暮らしていた頃のことです

熱い夏の想い出。

かき氷にスイカ、打ち上げ花火に祭りの音色

半袖から長袖になり

息が白く濁る頃

乾いた空気の味がどことなく「安らぎ」を与えてくれていた。

沖縄にくるまでは何もない魚街(漁業でしか成り立たない過疎の町)はカラ箱の様に思えていたが

ここ沖縄にきてから、実はカラ箱には「ぬくもり」があったのだと気付いた。

季節の変わり目に気づいたこと

それは、内地にいては見えなかった「人と街の美しさ」。

夏から秋へ

秋から冬へ

冬から春へ

変わりゆく季節の中で気付くこと

それは、日常では気付くことのない大切な思い出であり「瞬間」なのかもしれない。




沖縄へ移住する予定の方、通勤の道端に咲く花や電車から見える景色をよく見てみてはいかがでしょか。

人混みの中で一瞬、一瞬だけ「時間が止まった」気がするかもしれませんよ。
久しぶりに移住に関してのお話をしましょうか。

沖縄移住ブーム

前回は2007年1月ぐらい・・・石垣島が目立ちましたが同時に沖縄本島も移住者が多かったです。

移住者の層には大きく分けると3つの層が存在する。

1.家族がいて安易な気持ちで移住ができないと考え、計画的に移住する方。

2.計画的とは言えないがすべてを無計画では職につけないと今できることだけを行い移住する方。

3.行けばなんとかなると何も計画せずに移住する方。

この様に3つのパターンが存在する。

沖縄への移住以外でも同じことは言える。

移り住むにあたり何が問題となるのか、また、なりうるのかを考えてみる。

人の生活は「衣食住」、わかりやくす言えば「仕事」があれば住むところも確保できる。

キーワードは仕事ということになる。

単に住むだけならですよ。。

都に変えるには「馴染む」ということが必要になる。

では馴染むとは何なのか?

「郷に入ったら郷に従う」

これは当たり前の話であってまさに移住しようとする人には「単語」にしか過ぎない。

つまり聞いても心に届かないのです。

結果として多くの移住者が帰っているのだと思います。

職が見つからない。馴染めない。

果たしてこれは移住する前に想定できなかったことなのだろうか・・・。

もしも、そうなってしまったら・・・。

選択肢は3つ。

1.誰でもいいから藁をもすがる想いで助けを請う。

2.自力でひたすら頭を下げ就職活動を行う・地域の人と積極的に話し自分を知ってもらう。

3.諦めて故郷に帰る。

この3つの選択肢。

3人が存在した場合にあなたにはどの様に映るだろうか?

この様なパターンを日々、私は見続けている。。。

3人に共通するのは「こんなはずじゃなかった」という言葉。

インターネットが普及し「人は眼と耳」を失ったと私は思う。

ネットは単なるツールにしかすぎない。


本質は常にリアルな場所に存在する


もっと奥深く、もっと温もりあるものではないだろうかと僕は思う。


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人類が生み出した「文字」

はじき出された文字は心の衣を脱がせ人の真意を表わす

人は皆、「顔のない菩薩」といえよう

人は細く短い糸を一生かけて手繰り

その答えを見つけようとする

これが「人生」というものではないだろうか

終着点にある泉に映る己の顔が

時をかけ作り上げた菩薩の顔(心)ではないかと僕は思う。

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僕は文字を読むときに「状況」「感情」「優しさ」を見るようにしている。
優しさと素直さをわすれない様にいきていきたい。
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あべよしあきの「今を生きる」でした。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

最近は人と会う機会が多い。

30分刻みや1時間刻みで打ち合わせを行う。

先日は全国で派遣業務を行うエイティエス株式会社様、旅行業では株式会社ジェイティービー様、テレビの取材依頼でテレビ朝日様など。

ハードスケジュールだが面白い。

本日もプロのデザイナーの方と打ち合わせがありました。やっぱりプロと交わす「コダワリ」は面白い。

熱くなる瞬間とでもいいましょうか。。脳に電気が走る瞬間を感じるんですよ。。

心臓から送り出された血液が脳に届き、脳ホルモンが勢いよく分泌される。

鼓動と共に眼を見開き四次元に存在する「心」へ光矢のごとく伝達される、「充実感」という名
の稲妻が一気に全身を貫く瞬間だ。


これが「遣り甲斐」と言うんだと思います。


遣り甲斐、それは求めて得られるものではなく己の努力の結晶から
生まれた「奇跡」ではないだろうかと僕は思う。

人生は一度きり。

皆が知っていることだが

日々に追われその大切さも薄れていく。。

健康であれば病の辛さや健康の素晴らしさも薄れていく。

人生の大切さや心の大切さも薄れていく。


私が人生において頭にきても怒らない様にしているのは単に疲れるからということではないんだよ。

自分の心が汚れるからなんだ。

広い心で許せる強さを持ちたいと考える

また、人生は一度きりで限られた時間しかこの世にいれないから。


僕の日常もみんなと同じく「残念」なことはよくある。

でもね。

そういう時は空を見上げ流れる雲を見たりするんだよ。


自然に優しい心になり怒るより許すが先にくるんだよね。


怒れば心が汚れ嫌なことも考える。


人生は一度きり

1秒でも笑ってたいじゃん。

だったら相手を許すことが一番なんだよね。

悲しいことがあったら「そっ」と、自分から引いてみたらいいさ。

それなら誰も傷つかないでしょ。


限られた人生。


この世の全てが限られた時間の中、生きている。


草も木も花も動物も皆、限られた時間の中で生きている。


花壇に咲き乱れる花も一輪一輪が一つの命。


限られた人生。


限られた時間。


限られた人に出会えた事に感謝する。



人生って本当に素晴らしいよね。。



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人生とは天国への階段を歩むことなのかもしれないね。
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ないんです!

何が?

ブログネタがぁ。(笑)

最近は仕事が忙しく他の事を考える余裕がない。(力の無さか・・。汗)


私の人生でこういう時は何回かあった。。


「ネタがない+危機」たった時の事を話しましょうかぁ。。←ネタになった。(照)

これは小学校5年の頃である。。。

やんちゃな幼少期、運動帽のゴム紐が伸びるぐらい活発な子供でした。。

自転車で走り回り野球をやれば公園の隣の家のガラスを割り、土手を自転車で下ってみたりと、本当にやんちゃな小学生でした。

そんなある日、いつも通りの小学校での出来事。

4時間目の授業は国語。

小学校に入り宿題もしたことない私は漢字も書けず、作文も上手く書けずの落ちこぼれ。

国語が大っ嫌いでした。


そんな国語の授業。

キンコンカンコーン~キンコンカンコォ~~~ン★

この音が鳴るとぉ・・・・・

休み時間の楽園から一転、工場の作業場へ「強制送還」される様な想いでした。(汗)


はぁ~くぅ~。。。

いやだなぁ~

先生の声がお経に聞こえてしまう。


教室のドアが開く!

ガラガラぁ~~~!

日直が言う「気をつけ!お願いしまぁす。」


このお願いしますという言葉は40分間の地獄の始まりを意味し「覚悟はいいか?はい。いいです。」という意味を示していた。(笑)


先生が教壇に立つ前に私は見た!

先生の左手にある「分厚い作文用紙を!」

ちゃぁ~~~

「終わったぁ。」汗

文書構成が苦手な私。

作文?


参ったぁ。こりゃ参ったぁ。


作文用紙が先頭から後ろへ配られる。


自分の作文用紙も含め後ろの友達に渡そうかというぐらいの心境。(汗)


先生が大きな声で説明しながら黒板に書き出した。


先生)さぁ~てぇ。今日は作文だぁ!

私)そんなのみりゃわかります。はぁ~。

先生)今日はなぁ。お題!「ないぞ!」

お題ないぞ!?

教室の全員が「ぽかぁ~ん」としていた。

そりゃそうだろ。お題がない作文?

先生が言った。

お題は自分で決めて書け。自由だぞ!さぁ、始めぇ!


戸惑う生徒。

5分ぐらいしたらみんな書き出した。

ほぉ~みんな優秀だなぁ~

10分経過。

ひゃぁ~~書いてないのは僕と落ちこぼれの同類子。(笑)

眼で合図する。。


お・・・おまえ。書けんだろ?

友達)ニタり。と微笑む。(爆)


く・・・くだらん。(笑)


だ、だめだぁ!

こんなことでは同類子。(笑)

さ、今何時?

やべぇ~25分経過。

こりゃマズイ!

はぁ~ど~すっぺなぁ~

まいったべっちゃ~

あっ。

お題はないんだよね?

じゃあ、「お題がない」をお題にしよう!

お題:お題がない

先生が教室に入ってきた。。

今日は作文の授業。。

「お題はない。」


僕は困りました。

どうすればいいのか悩みました。

そして今も悩んで書いています。

何を書いたらいいかわかりません。

でも、これも作文。。


なんていう作文を書いたことがあります。(笑)

この作文は見事、最後まで書き終えましたよ。

そして次の日の朝、先生のあいさつの最後に私の作文が読まれた。(笑)

先生が読み終えた後に言った。

阿部の作文は作文ではないかもしれない。

しかし、大きくなったらこういう発想が大切になるかもしれないな。

大笑いしていた教室が一瞬静かになり私に視線が注いだことは言うまでもない。


そして調子に乗った阿部少年はまた運動帽のゴム紐が伸びるまで走り回るのでした。(笑)

世の中の良い子のみんなぁ!

ちゃんと勉強しろよぉ!(照)


********************
最高の少年時代。
おとうさん。。おかあさん。。べんきょうのできないぼくだけど、
いままでおおきくなるまでそだててくれてありがとう。。

あべ よしあき
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心の植木鉢

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今日はホームページ制作の件であっという間に終わった。

物凄く充実した一日であり、温かい一日であった。

ホームページの件で夕方、営業部長の佐藤とコンピューターの専門学校へ行く道中の話である。

いつも声が大きく笑顔の佐藤。

うちの会社のムードメーカーとも言える存在である。

そんな佐藤が運転する車の助手席に座った。

走り出して5分ぐらいしてから佐藤が言った。

いやぁ~この「かりゆし」ね。娘からの父の日のプレゼントなんですよ。(笑)

この名詞ケースもプレゼントで。。。と、胸元から出して見せた。

「満面の笑み」である。(笑)

私)お~いいですねぇ~羨ましい。うちの子もそんな風に育てばいいなぁ~。。

佐藤)大丈夫ですよぉ~。(笑)


佐藤の家では家の間取りに注意しているという。

それは、いつも子供と話す環境を大切にし自らが子供の状態を察知できる様にするためだからだ。

リビングは家族の団らんの場であり、家族の絆を深める場だという。

そう考えるとどうだろうか?

現代の家族、団らん、リビングの意味。

大型テレビに必要以上の食卓セット。

見栄えばかり気にする人も世の中いるのではないだろうか?

昔は当たり前であった「会話」=「道徳」はこのリビングから生まれたのではないだろうか?

家具屋のリビングセットを見る時にいつも思う時がある。

このリビングは家族が会話しやすい様にできているだろうか?

TVが見やすい、部屋が広く見えるという事の何倍も大切ではないかと思う。

これが佐藤の哲学であり、私の人生の先輩・親としての先輩の意見である。


リビングルーム

それは心を育む云わばオアシスと言っても過言ではない。


オアシスで育まれた愛情はいつの日か眩いばかりの光を放ち花開くであろう。


心の植木鉢ともいえるそのリビングを娘が後する時、父親は涙するだろう。


リビングに行けば娘の声が聞こえてくる気がすると父は一人座り込む。


そんな愛あるリビングに僕もしたいと思う。
人生には最高と言える時がある


幼少の想い出であったり若き頃の無茶した恋であったりヒジネスであったり人によって様々ではあるが眼を閉じあの時の感動、喜びを思い出す時があるだろう。

人生とはなんなのか考える時がある、また、成功とはなんなのか答えを探る時がある。


ある人が言った。


人の人生が終わる時、一度だけ戻りたい場所に戻る事ができるらしい。


人生というのはもしかしたら『戻りたい場所を探す旅』つまり、最高の一時(瞬間)をつくる旅なのかもしれない。

昇天するその時、僕は何処に戻りたいと思うのだろうか。


今わかることは『毎日が戻りたい場所』と言える人生(旅路)でなければならないということである。


クレーム

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四時過ぎに仕事を終えました。


買い物をして食事。


疲れているせいかなんかさっぱりした物がいいな。

がざるそばを頼む。


15分後。


ざるそばとご対面。


そばが数本飛び出し一部は器の外からおぼんにダイブ。




相棒は言った。

これみてクレームつける人もいるだろうね。


考え方変えたら勢いよく盛ってくれたのかなって思うしね。


だよな、そう考えたらこぼしてるのはお客の方かもな。


なんで?


広い心の器だよ。


く、くだらん。


さぁ、食べよぉ。


なんて会話する土曜の夕暮れ。

これぞマイタイムマイライフではないかな。

島時間

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本日は不動産物件の調査。

物件に着き待つこと10分。




不動産会社の方との待ち合わせ時間。


こない。


10分経過。


来ない。


電話したら更に10分遅れるとのこと。


ウチナータイムというものもある。また、忙しくてたまたま遅れたのかもしれない。


なんにせよ事故じゃなくてよかったよね。


心のスローライフはこういう事じゃないのかな。。  
いつの間にか・・・・

30を超えていた。





気づけば今年で32歳。

あっという間に「時が過ぎ去った」気がする

自分の人生で楽しいと思える時は沢山あった

幼い頃から好きな事だけをして生きてきた

子供から大人になる時は世の中の厳しさに不安を覚えた日々もある

好きなことだけを行い生きてきたからこそ社会で生きていけるのか不安に感じたのだと思う

社会に出て「責任」というものの意味を知り

社会に出て「生きる」という意味と「生き抜く」という意味を知った

時には「大人と社会」の語る常識に冷たさを感じ心で反発した時もある

世の中の常識には誰かが犠牲になることもあるという意味も知った

ストレートしか知らない子供に変化球を教え「生き抜く」事を教える現代社会

僕は思う

変化球を覚えても、ストレートを知らない大人にはなるなと・・・・

基本は常に直球勝負

それが僕の生き方であり

それしかできないのが僕である。

 
先日、下見サポートをさせて頂いた方と訪れた3DKのアパートの柱にこんなものがあった。








息子・娘の年齢と身長がマジックで柱に書かれていたのだ。

きっとここで暮らしていた家族はこのアパートの前を通る度に子供の誕生日に行ってきた、この記録を思い出す事であろう・・・。

時には子供を抱きかかえ病院へ走り

時には怒り

そして笑顔で抱きしめた日々

家族で笑った時間をこの部屋は知っている。

物件調査の時、子供が貼ったシールを見ると思う。

ここにも笑顔があったんだなぁと・・・。

無邪気な子供の声が聞こえてくる気がする。

新築以外どんな家にでもある想い出の証である。

皆さんの家にもありませんか想い出の「証」。

実家の壁や柱。

階段や学習デスク。

どこかにあの時の思い出がきっと刻まれていると思いますよ。
幼い頃、近所のラーメン屋さんに電話する。




あ・・・あの。○○自動車の裏の阿部ですけどぉ、ラーメン一丁お願いしますぅ。

子供がかける電話に丁寧に対応する店員さん。


このラーメンの味が昭和を思い出させ幼き頃へとタイムスリップさせる。

よくあるじゃないですか。。

その時代の音楽がその頃の自分に戻してくれる様な瞬間って。。

そんな感じのラーメンです。

親父は漁師で家にはおらず、母ちゃんはパートで帰りが遅い。

腹が空いたら電話して食べていいからねと・・・

電話棚の上に貼られたカレンダーの裏面にラーメン屋とうどん屋の電話番号を書いてくれていた。


そんなことをこの一杯が思い出させる。

このラーメンが僕を24年前に連れていってくれるのだ・・・。

スープをすすり、目を閉じればあの懐かしき昭和の幼少期が蘇る。

運動帽のゴム紐が伸びる程のやんちゃな幼少期に今戻るのだ・・・。




皆さん おはようございます!


昨日は何故か眠れず結局、朝まで起きていました。(汗)

今後の業務や流れ、社長として考えなければならない事などを考え「ゆっくり」掛けの音を聞いていました。

カッチン・・・コッチンと聞こえてくる時計の呼吸。

急かされるような時間を感じながらも・・・・心の何処かで落ち着いた時間を感じる一時です。。。

現在時刻、6:46分

通勤される方もいらっしゃるでしょうね。。。

今からまさに満員電車と自宅を後にする方もいらっしゃるでしょう。。

本日の朝礼では何を言おうかなと悩んでいる方もいるのかな・・・(笑)

沖縄へ本日移住する方もいらっしゃるでしょう。。。

それとは逆に本土へ帰る方もいるでしょうね。。。

共通するのは皆、同じ時間を生きているという事。

同じ時間を生きていている。

そう、同じ時を共にしている仲間ですよ。。。

楽しいこと、悲しいこと

人生様々ですよね。。。
どんな立場でもどんな時でも、優しさは大切にしていきたい。

ムカッときても、その相手には親がいて、そこに愛情がある様に誰にでも大きく深呼吸して接したいですよね。。

歳をとり丸くなるというのは心が成長するのではなく歳をとりその立場になる事により見えなかったものが見えてくるのではと私は思います。。

これは社会でも言えることかも知れません。

上司の一言。部下の一言。

立場で見え隠れするものだと思います。。

完璧な人間なんて存在しない。

人間の視野はその半分程度。

しかし、心の持ち様で360度の視野を持つこともできると私は思う。

360度の心がけと180度の思いやりが痛んだ社会を癒すのではないでしょうか・・・・。

死亡→移植

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皆さん こんにちは。ニコニコ

朝まで働いていたので昼間は寝てました。ガ-ン

一日を無駄にしてしまった感がいっぱいですが、、、まだ夜が残っております。

終わり良ければ全て良し!

一日の終わりは楽しく終わりたいですよね。。


さて、先日のアイバンク協会からの来ました来ました。。メール




これが登録に必要な記入用紙




これが説明の文章。





ちょっと待てよ!!!!!びっくり!


え~~~~~~!!!


本当ぉ!!!!!びっくり!



見ました?炎



眼球の摘出後は義眼を装着しますのでお見苦しいようなことはございません。


そうなんだぁ!



てっきり私は目玉がなくなり窪んだ状態がーんでまぶたの筋肉も硬直しながらも皮が垂れ下がり奥がかすかに見えるのかと思ってました。。。



でも、、、、、私は義眼はつけたくありません。。。


義眼を付けて焼かれる炎のはいやだな。。。


葬式では付けてても後から外してくれるならいいが誰もそんなの触りたくないですよね。。
そしてそんな事頼むのも申し訳ない。。(頼むなら姉ですがね。。元県職看護士でしたので・・)

義眼なしで眼だけ布で隠してくれればいいな・・・。

角膜移植

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そう!電話をするのを忘れていたのはアイバンク協会。

私は臓器全ての提供の意思表示として意思表示カードを持参しています。





で、別でアイバンク協会経由でも登録をしておけば私が心停止状態になった際に早く臓器の保管や提供に繋がると考え本日、アイバンク協会に申請用紙を郵送してもらうように連絡しました。。


私が亡くなったら棺の中では眼も無く臓器も(使用可能な)全てを摘出された後の姿でしょうね。。

両親には既に伝えてあります(家族の同意も必要です)

世の中、生きたくても生きれない人は数多く、移植すれば治る病気も提供者がいなくて亡くなっていく人は多いです。


アイバンクに電話した際に電話に出た女性が「申し訳なさそうに」強制ではありませんので。。。という感じでした。

確かに強制ではないがこの必要性をもっと多くの人に知ってほしい。。

私はそう思う。。

健康な体に生まれたことに対して感謝し、誰でもできる命のバトン。

簡単であるが難しい現実。

医学の道を一度でも志した者ですら己の肉体が切り刻まれる現実に戸惑いを感じるであろう・・。

あの世に行って目が見えないのでは・・・

あの世に行って体中が痛むのでは・・・

己の体の一部が魂と離れるという事は命あるものにとって重大な事であり大きな決断であるとも感じる。

しかし、この世あってのあの世の世界と考えてももらいたい。。。
って。

皆さんありません?

私は様々な物に思い出があります。。。

様々な場所に思い出があります。。。

様々な曲に思い出があります。。。

本日は南風原ジャスコに行きました。。。小録・南風原・メインプレイス。この3ヶ所と糸満のうまんちゅ市場は結構行きます。。

というより大きなところはここぐらいなので行くところが決まるんですがね。汗

話は戻り、「想い出」。

今日の思い出話はこのガムから思い出す「想い出」を話したいと思います。



昔はこの柄ではなかったんですがね、このガムの香りと共に約20年前にタイムスリップするんです。

時間は1985年頃。

日本の景気も良かった時代ですよね。覚えてますか?

私はまだ小学生の頃です。

父は「侍」の様な頑固で頭の固い人間でした。

父は船乗りで船頭を長年していました。この当時も船頭を頼まれ船に乗っていました。

母はこんな父の妻ですからね、女は1歩どころではなく2歩も3歩も下がってという人でした。

そんな母と夏の暑い日に父の出船に行ったのです。。。

船着場の近くにあるお菓子屋でいつもお菓子を買ってもらうのを楽しみにしていた。

うるさい私を静かにさせるための大切な交渉の場です。。

昔の木造で味のある色をしたガラス戸をガラガラっと開けお菓子屋のおばちゃんが奥から「いらっしゃい!」と母と幼い私を迎える。

お菓子屋でガムを買ってもらい歩いて20メートル程で港に着く。

今はどうかわからないが船頭の妻は忙しい。

乗組員の方や奥さん、提携企業の方々や船主などが集まるので全員に挨拶を行う。

もちろん、出船の連絡や船が帰ってくる連絡も全て船頭の妻が行うのだ。

妻が仕事をこなせないと笑われてしまう。。特に侍の妻で16歳から船に乗り地元では有名な漁師となればミスは許されない。

ぼそっと母は言った事がある。

船頭は給料は良いが心休まる時がない。

その当時の船乗りの給与は良かったらしいですよ。

私も札束を何度も見ました。。。(その後、漁業は傾くんですがね。。)


そんな出船でいつも買ってもらってたのがこのガムなんですよ。。昔は60円ぐらいだった気がします。

このガムを噛むと思いだすんですよね。。母の挨拶をする姿や父の挨拶をする姿。

色とりどりの紙テープを船に束ねて出港する。。。

ブォ~~ン。。。。ブォ~~~ンっていう船の汽笛が鳴り・・・父は海へ行く。。。

船から手をいっぱい振る父。


段々離れて行き小さくなり見えなくなっていく。。


それでも父は手を振り続ける。。


見えなくなるまで。。。


手を振り続ける。。。


船は最後にもう一度、長く、大きな汽笛を鳴らす。。。ブォ~~ン。。。。ブォ~~~ン・・・・・・。


他の船員が船内に入りいなくなっても最後まで手を振り続ける。。。


笑いながら眼尻にシワを寄せて手を振り続ける父。。。


1ヶ月に2・3日しか家にはいない父です。入港しても直ぐに出港です。


照れくさく父という感覚が薄い私は手もふらずただ見ているだけ。。


そんな出船がいつもの出船でしたね。。。それがずーっとです。


今でも父は現役で船に乗っています。


私は沖縄。


手を振る事はできません。


想い出の中の「忘れ物」。


これって忘れてはいけないものなんですよね。。


いつか出船に行き手を振ってあげたいと思います。


初めて手を振る息子を見る父。


息子は30歳を過ぎたが父からすればいつまでもこのガムを握りしめて立ちつくす子供に見えるであろう。。。


届くかなぁ・・・この想い。。。


怪我しない様に帰ってきてね。。お父さん。。
悲しみの数だけ人は優しくなれる。

そう。

思う。


助けてあげたい。

そう思い動いてあげても人は裏切る場合がある。

それを恨んではならない。

無関係でも代わりに謝罪する時もある。

見捨てるわけにはいかないから。

そんな人生で損も多いが・・・。

あの世から迎えが来た時に純白の衣が舞い降りると信じて代わりになる。

人間

大切なのはそういう姿勢なのかもしれない。

母方のお祖父さんはいつも冷静な人だった・・・。

物を盗まれても「ん~困っていたんだろ」

嫌なことをされても「ん~人は悲しい時に迷うものだ」

そんな人でした。

私が生まれて初めて裏切られたのは小学校6年生の頃だったな・・・。

心から信じた仲間に裏切られた。

あの光景は今でも鮮明に覚えている。

夕方4:00過ぎであろうか・・・私はまだ小学校で遊んでいた・・・。

明日は遠足だ。

生徒は皆早く帰されたが私は友人と遊んでいた。

明日の遠足には帽子を持参。この帽子、クラス別で色が違う。

私のクラスは黄色だった。

薄い黄色。

体育帽の薄い黄色。

私はこの帽子を机の中へ入れていた。

厳密には机の中に忘れていたのだ。

帰りに先生が言った「あしたの遠足では必ず帽子を持ってくるように。忘れて行ったら許さないからな!」

そう言われた私は遊んでいて無くさない様に机に入れて遊んでいた・・・。

私の仲の良い友人。

こいつの為ならどんな危険な事でもへっちゃらだった・・。

中学生に絡まれた時も助け同級生にいじめられている時も助け。

喧嘩でも代わりに出て行き守ってやった・・・。

こいつがある日家出をした・・・。

母親から私の家に電話がきた。

友人が怒って家出して帰ってこない。

私は母と探しに家を出た。

私の実家は川沿いの近くで小学校まで500メートルぐらいの直線道路だった。

この川沿いを母と歩きながら探した。

いない。

いない。

あいつ何処にいったんだろう・・・。

違う道も歩いた。

この道は私が教えた裏道であった・・・。

あいつ連れて良くこのあたり歩いたもんな隠れ家もあるしいるかな・・・

そう・・・

頭をよぎった瞬間・・・

あ・い・つが!!!

100メートル先の路地から出てきた!!

私は一瞬走り出して捕まえようと考えた・・・。

が、この距離で逃げられたら捕まえるのに時間がかかると感じた・・

友人はこちらに気付かず歩いてくる・・・


5歩


6歩


7歩


と!


その瞬間!!!


あいつが気付いて逃げた!!!


私はサンダルを履いていたが脱ぎ捨て追いかけた!

全速力で!

足は自慢じゃないが小学校でも早い方だった。長距離では小6で1500メートルを5分ジャストぐらいでは走れた。

友人を捕まえるのに30秒もかからなかった。

右手で左腕を掴んだのを覚えている・・・・。



おい!

何でおめーにげんだよ!

そう大声で言ったのを覚えている・・・。

はぁはぁと息切れする友人を連れ私は言った「逃げんな!落ち着け。とりあえず俺んちいくか?」

その後、母が来て言った「T君。お母さんが心配してたよ。とりあえずうちでご飯でも食べようね」

そういいながら無言で帰宅した。

母は友人の家へ連絡。

私は友人と話をした。

理由は大したことではない理由だった。彼にはこれが反抗期だったのでしょう・・・。

うちで旨い刺身や晩飯を食べた。

お前。ばかだべっちゃ。家出? おめぇ~なぁそんなだがらいじめられんだよ。
ででぐんならオメーがででげや!コラぁ!ぐらい言え。

通訳:ばかだな。家出?お前がそんなんだからいじめられるんだよ。
出て行くならお前が出ていけ!コラぁ!ぐらい言え。

と言った。

それから彼はいじめられっ子ではなくなった。

友人の母親も言っていた。

うちの子は強くなった。家出して以来・・・。いつもいじめられ影で泣いていたのに自分の意思をはっきり言うようになったと・・・。

そんな友人が隣の席である。

6年生になっても仲良しだった・・・・

この日の夕方までは・・・・

夕方。

帽子を忘れた事に気づいた。

ヤバイ。

帽子を忘れた・・・・先生に殴られる・・・。←昔は常識。

仕方ない。小学校に電話をした。

スミマセン帽子を忘れたのですがまだ空いてますか?

担任の先生に代わるから待ったてなさい。そう言われ担任に代わる・・・。

はぁ~何で代わるんだ・・・余計な事を・・・。汗

もしもし。どうした?

あの・・・帽子忘れて・・・

だから言ったろ。(声が・・・怒ってる・・)

待ってろ今先生が教室に見に行くから。

7分ぐらい待たせて頂いた・・。汗

もしもし。あったぞ。

あっ、スイマセン。今から行きます。

この電話を切ってから二人の間に大きな溝ができる・・・

友人から電話がきた。

おぅ。なんだ?

俺の帽子知らない?

はぁ?お前の帽子?知らないぞ。なんでだ?

俺の帽子持って行ったろ?

はぁ?持ってってねーよ。勘違いだろ!?

俺の帽子を自分の机の中に入れたろ?

何を言っているのかまったくわからなかった・・・。

持ってない。そう言い電話を切る。

先生にまた電話して全て話してもう一度机を見てもらった。

Tの机にも帽子が入っている。

これを確認してもらったので私は濡れ衣を着せられる事はもうない・・・

私は学校へ行き帽子をもって帰ってきた。

次の日の朝。

一番乗りで学校で行った。

本当に友人の机の中に帽子がある。

私はその時気付いた。

あいつ・・・帽子を無くしたと思ったんだ・・・

遠足で帽子がないのはだた一人、先生にも殴られるかもしれない・・

だから俺のせいに・・・。

私は用があり1Fへ下りた。(教室は3F)

また教室へ行った。

と、その時、友人が他の友達を連れて2人で教室へいた。

友人は私の机に行き机から黄色い帽子を出して見せた。

わざと・・・友達を連れて・・・私の机から・・・出して見せたのである・・・

証人を連れていたという事だ・・・

偽装までするとは・・・

全てを知るのは私と先生のみ。

私は言った。

お前、先生も全て知っているぞ。実はな・・昨日、先生に机の中を見てもらったんだよ。

お前の机の中に帽子があったらしい。

お前。

それでも俺とやる気か?

友人は黙り込んだ・・・。

その後、遠足はスタートしたがこれほどつまらない遠足はなかった。

小学校最後の遠足の思い出。

私は友人が教室でして見せたことを先生には言わなかった。

何故ならこの友人が好きだったからだ・・。

でも、友人を見る先生の眼はいつもと違った・・・。

それに私は気付いていた・・・・。

子供ながらにね・・・。

人は必ず良い面・悪い面が存在する。

完璧な人間なんていない。

あの日の事は忘れられないが、私はこの友人が今でも好きだ。

あいつと馬鹿をやった思い出

田舎の草木の香り

川で泳いだ思い出

釣りをして泥だらけになった思い出

カマキリを捕まえにいった思い出

いつも思い出にはあいつが隣に存在する。

今は疎遠だが・・

きっとあいつは幸せに暮らしていることだろう・・

親となっているならば

昔の事も流して

語り合いたい

あの日の訳を

心から

向き合って
昨日、沖縄(石垣島)の現実を収録するという事でTV局の方が下見サポートに同行し撮影しました。
その他、お昼にも他の局にも沖縄移住の注意点や沖縄の現状、楽園移住の真似ごとで移住したが理想と違い帰っていく人々についてお話しさせて頂きました。

石垣空港に着いて動向するスタッフさんは現地のタクシーで後ろから追いかけ撮影するという流れでした。
石垣島へ行き駐車場でお会いしたのは前回の調査でお世話になったタクシー会社の社長さんでした。
先日はお世話になりました~とご挨拶させて頂きました。

実はこのタクシー会社には同じ移住者の方が務められているのです。

私はこの時、どなた(ドライバーさん)がいらっしゃるか知りませんでした。

本島へ戻り、お礼の電話をした際に、この話を知る事となる・・・。


★電話の内容★

斉藤さん:いやぁ~阿部さん本日はすみませんでした~全然、お力になれずに・・・。

阿部:とんでもないです。非常に助かりました。ありがとうございました。

斉藤さん:実は朝から私が出迎え乗せるはずだったんですがね。。。

昨日、新婚のお客様をタクシーに乗せたんです。

新婚旅行で石垣島へ来たそうで・・・。

新婚旅行。。。。そういう事であれば石垣島の「星」を見せてあげるよ。と言ってメーター止めて奇麗な星を見せるためにポイントへ連れていたったんですよ。。

そしたら奥さんが星見て「奇麗ぃ~」って喜んで泣き出したんですよぉ~。

それにつられた旦那さんも泣き始めてねぇ。。。

喜んでもらって良かったです。

それで、このお客様が本日、本土へ帰られるのですがホテルから空港まで私のタクシーじゃないとホテルから歩いて帰る。
他のタクシーには乗りたくない。って言うんですよ。。

はははぁ。(笑)

で、ホテルから歩いたらどんでもなく遠いんでね、私、社長に訳を言って取材のドライバーを変わってもらったんですよ。

それで行けなかったんです。

スミマセンね~阿部さん。

阿部:電話越しで泣きだしそうでした。泣

これを隣にいた妻に話したら泣きだしました。

なんて、心が奇麗な人なんだろうね。。。

普通なら石垣島へ移住し楽園へ移住しました!毎日最高って語るのにTVの取材でも現実を語り現地住民と移住者の問題や真実を語り旅行者・移住者に本当の事を伝えている。こんな人はなかなかいないね・・・。そう語っていました。


斉藤さんの様に沖縄の現実を語り同じ移住者に注意を促し力になる移住者は決して多い訳ではありません。これをご覧の皆様も沖縄へ移住した際は是非、沖縄の 現実を配信し楽園移住には注意を促してください。それを真似した移住者が現実を違う場合、今までと同じく沖縄を否定します。
そうなると更に移住者と沖縄の溝は深まるばかりです。
現地の住民も楽園移住でくるのはどうかと思う。そんな移住は止めさせた方が良い。理想と違った場合、TV局も責任を負うわけでもないのだからと語ります。

現地の方々が語る「責任」。

TV・雑誌・ラジオで語る方(出演者)も(報道局)もだれも責任など取りません。常に責任は自分で追うものです。この様な点も移住前に冷静に考えましょう。

宝の価値

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おはようございます!

週末に近づくにつれ「疲れ」がおんぶにだっこですね。笑

えっ?

疲れてないって?

若い方は疲れを知りませんよね。。。。

私は25歳を過ぎてから急激に疲労が残る様になりました。

皆さんはどうでしょうか?

日頃、運動していない方は疲れやすいでしょうね。。。

さて、朝ブログのお題!「宝の価値」

皆さん宝はありますか?

人それぞれあることでしょう。。。

結婚指輪?

初恋の人にもらったプレゼント?

人生の思い出?(青春?)

大切にしている車?

様々な宝があると思います。

人はその宝に魅力と愛情をそそぎます。

その宝に対する価値観はもちろん人それぞれ。

この価値観。

沖縄ではよく見る光景です。

免税店DFSの周辺では観光客がブランド物を買いモノレールで空港へ・・・。

本土の人はブランドの輝きにプライドを映す・・・。

沖縄では低所得ということもあるがブランドに対する興味が薄いと感じられる。

本土の方に聞く話。

「大阪のおばぁちゃんを馬鹿にするつもりはないが、ニセモノブランドを平気で持つ人が多い」という。
この平気。という言葉。

この言葉の裏にも本土の人間の価値観が現れる。

平気?

という事は平気ではない何かがある?

恥ずかしい?

偽物?


似ている物。=偽物?


似せ物は偽物。


という感覚。

では似せてはダメ。似ていてもダメ。似ているとダメということになる。

沖縄では似ていても平気で持つ人は多い。

若い方でも同様。

島の価値観。

移住前に理解しないと失敗する。

一つは本土同様の感覚でお金を使うとえらい目に・・・。

一つは大切な物を失うことになる。。。。

私の考える島生活の贅沢は自分に贈るプレゼント。

価値は常に己の価値で評価される。

周囲や金額などではない。

そう感じます。

さて!本日は皆さんどんな仕事をしますか?

同じ仕事の繰り返しだと考えちゃダメですよ~★

昨日より本日の仕事が楽しくなかったらもったいない!

移住したい方!

もしかしたら・・・・。バリバリやれてスピードを追求されるのは今の仕事だけで沖縄にきたらできないかもしれませんよ・・・。(スピードに拘る沖縄企業は少ないでしょう・・・)

考え様によっては今しか楽しめない!

今を楽しむ。。。。

これって・・・・初めて仕事を始めた頃の気持ちに似ていませんか?


純粋な18歳(大学出なら22歳)の気持ちで本日は仕事をしてみてください!

きっと汗をかいても「爽やか」だと思いますよ。。。。

では、打ち合わせ3件と不動産物件の調査に行ってきます!!!

夢を追う

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毎日毎日、6時半頃から素振りをしている少年がいる。
毎日毎日である。ひたすらバットを振り疲れてくると集中してまた一振り。。。

そしてまた一振り。

自分の過去とダブらせてみてみる。。

この子が将来、甲子園に出場しホームランを打ったらきっと私は涙するであろう。。

この少年の努力は必ずこの先の人生においてに困難にブチ当たった時に必ず役立つであろう。。


このブログを読んでる方々にもこんな青春時代があったでしょう。大人になると世の中の荒波で無理矢理、大人にさせられる時代、忘れかけた大切な物(思い出)がまたみつかるとよいです。。。

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